爆破魔法

還リ咲

第1話

 爆破魔法は天与のものではなく、人工の魔法である。


 爆破魔法の開発者はヒラノという。

 突如として魔法都市マジックヒルへ現れ、数多の発明を世に残し、魔術界を二世紀先へ推し進めた大魔術師として知られるヒラノだが、ヒラノ自身の魔力は皆無だった。

 そもそも、魔術及び魔法とは、人の知覚から外れた、ほぼ形而上学的な神格存在との契約によって発現する現象である。そして魔力というのは神格存在への交渉権のようなもので、魔力が大きいとより大仰なちぎりを結ぶことが出来る。そしてその代償は残りの寿命であったり、近親者の身体の一部であったり、道徳心であったりする。両端に持ち手の意匠が施されたマジックヒル特有の杖は、神格存在との交流の手段として杖を用いる、流派の教義を汲んでのものだ。そして魔力の量は先天的、遺伝的で、かつて魔術は限られた者だけが出来る芸当だった。

 ヒラノの発明は魔力に恵まれない者へみちを拓き、魔術そのものを、家柄とセンスが全ての職人技から、理論と解析と魔導書による体系魔術へと民主化した。

 その発明の中でも偉大なものは、魔導書の発展と疑似知能スライムだ。

 それまでは魔術の記録の為だけに用いられていた魔導書グリモワールへ、ヒラノはボイスミミックの発声器官由来の詠唱・祈祷機関を組み込み、一心に唱えれば救われる的解釈によって信仰を押し付けることで契約を無しに魔術を行使することが可能になった。即ち魔力要らず。ミミックが行っても祈念は祈念で、神格存在は平等に、その神通力を分け与える。それを人が横取りするとも知らずに。

 スライムの培養は、傍から見るとかなり突飛な光景だった。ダンジョンから採取してきた野生のスライムの神経細胞を、論理演算へ特化しつつも可塑性を保つようじゅう干渉かんしょう魔法を加えながら培養、品種改良して完成した新種のスライムは、体内に高度なニューラルネットワークを宿していた。入力されたインタプリタ式の記述魔法を処理し、計算結果を出力する疑似知能を備えてさえいた。

 株分けによって大量生産されたそれらのスライム達は、ヒラノの魔法設計を莫大な計算量で支えていたのだった。

 爆破魔法も、その副産物である。

 エネルギーを直接ぶつける類の魔法は、重力魔法として空間を歪ませる程度に留まる。それでも対人には必要十分な威力を誇るが、ヒラノは鉱石の採掘に爆破魔法を利用しようと考えていた。丁度その頃、冒険者ローグライカーが地下ダンジョンの奥深くで新種の鉱石を発見していたのだ。その鉱石にはある特徴があった。それは超魔導ちょうまどうと呼ばれる。もともと鉱石は、その物質としての安定性や神秘性などから、魔術において触媒として用いられることが多々あった。しかしヒラノはそれだけでは満足していなかった。鉱石に限らず、全ての物質は魔術をごく僅かに吸収する。小規模な利用では誤差の範囲の吸収量だが、ヒラノの大規模魔術プラントでは塵が積もって山となっており、エネルギーの大幅なロスに繋がっていた。ヒラノは魔術抵抗の小さい、若しくは魔術を全く吸収しない超魔導物質の発見を求めていたのだ。

 例の疑似知能スライム同士を並列に接続してクラスタを組み、半ばゴリ押しとも言える大量の魔術シミュレーションによって導き出された爆破魔法の威力はヒラノ自身が開発した重力魔法でさえも遠く及ばず、出力を最大にすると、マジックヒルの南の地峡半分が消し飛んだと言われている。その爆破跡は運河となり、入り組んでいたマジックヒルの海運航路の改善に寄与した。

 爆破魔法を完成させたヒラノは、魔術を大砲の砲弾へ詰める技術を転用して、さらに採掘へ最適化しようと考えた。物質化された爆破魔法ならば魔術の経験が無くても扱え、管理が容易であると。従来の爆薬へ、祈念によってさらに爆破魔法の術式を纏わせ、火属性魔法の着火剤を接続した爆破魔法機構を、ヒラノはと名付けた。

 爆弾はとても有用な採掘技術だったが、犠牲も生まれた。

 ヒラノが立ち上げたラボの門下生である一人の少女が、爆弾の不意な起爆によって命を落とした。基本的に、行使者の意識に強く影響される魔術において、不慮の事故は無い。どんな小さな魔術であっても、それが発現する時は、行使者が発現を強く願っている時だ。

 ヒラノは軽々しく魔術を物質化した自らの行いと、この事故へ重大な責任を感じ、超魔導鉱石の採掘すら放り出して、蘇生魔法の開発へ全意識を向けた。自我の保持には個体の連続性が必要不可欠だなどと言っている暇は無かった。彼女の爆散していた遺体を継ぎ接ぎし、著しく損傷していた箇所は重治療じゅうちりょう魔法で再生した。魔術プラントやその他のリソース全てを開発へ注ぎ、持てる力の全てを尽くしたヒラノは、蘇生魔法を完成させた。

 しかし、彼女はついに息を吹き返すことは無かった。

 そしてヒラノは蘇生魔法が不完全であることを悟ると、自ら命を絶った。彼女が命を落とした採掘跡地で、爆破魔法によって。


 様々な流言が蔓延した。


 ――勝手に下衆にまで魔術を広められちまったからな。気分が良いよ。


 ――やはり悪魔と契約していたな。あれは闇の魔術だ。


 ――もともとおかしかったのではないか。聞いたところに拠ると、最初に発見された時、あの者は東方の森で倒れていたというではないか。異国の衣を身に纏い、持ち物や金銭も無く。さらに幾日も昏睡していたのにも関わらず、その体には傷一つ無かったと。




 しかしサリナは、その死が自殺ではないことを知っている。

 爆弾の犠牲になった少女の名は、サリナと言った。


 ヒラノの意に反して、蘇生魔法は成功していた。

 サリナへの蘇生魔法がじわじわと発現しているとき、ヒラノはサリナの病床へ警備ゴーレムを付け、爆破跡へ調査に赴いていた。

 そしてヒラノも、爆死した。何者かの手によって。ヒラノはその発明によって、かつての魔術師や権力者からよく思われておらず、恨みすら買っていたことを、サリナも良く知っている。そして、ヒラノが開発した爆弾は、誰にでも扱え、余りにも殺害に適していたことも。

 サリナが数日後に目を覚ました時、残されていたものはカルテの『爆破跡に手掛かりアリ?』のメモだった。結果的には爆破跡に手掛かりは無く、蘇生魔法は完成していた。ただ一つ言えることは、ヒラノは落胆していたが、希望を捨ててはいなかった、ということだ。

 それからサリナは、ヒラノの遺体を集め、自分が受けたものと同様の再生処置と蘇生魔法を施した。幸い、ヒラノが残した記録とチュートリアル化された魔導書があったため、まだ魔術師として半人前のサリナでも完遂することが出来た。


 そしてサリナは今、ヒラノの病床の横で蘇生魔法が発現するまでの間、今までの一連の出来事をまとめていたのだった。


 先生という大きな柱が急に引退して、魔術界は元の、家柄とセンスが全ての前時代的な権力構造へ戻ってしまった。

 だから先生を蘇生させて、そんな血縁主義派が牛耳っている魔術界へを落とすのだ。

 先生を殺した犯人だって捕まえて見せる。先生が起きれば犯人について何か分かるかも知れないし、分からなくたって、わたしのスライムは推論に特化させてある。犯人探しくらいお手の物だ。


 そう考え事をしていると、生命反応の計器が反応した。

 蘇生魔法は成功したのだ! 

 ヒラノの顔へみるみる生気が戻り、目を瞬かせる。その目がサリナの顔を捉えると、安堵したように顔を綻ばせた。


「ありがとう。やはり私の蘇生術は成功していたんだね」


 魔術で脳を仮想拡張していなくても、先生は充分に頭の回転が速い。自分が一度殺されて、たった今蘇生したのだと咄嗟に理解したのだろう。


「先生もツギハギですね」


 起き上がろうとするヒラノを制止して、ヒラノと継ぎ接ぎの手を合わせながらサリナが言う。


「笑えない冗談は止してくれ」


 ヒラノは笑って、少しえづきながら答えた。


「身体が慣れるまで寝ていてください。先生はまだ生まれたてなんですから!」


 ヒラノはまだ何か言いたそうだったが、何も言わずに微笑んで横になった。

 サリナは、ヒラノが眠りに落ちるまでしばらく見届けた後、かつてヒラノが残したカルテのメモの続きを眺める。


『爆破跡に手掛かりアリ? サリナの現状はまだ何とも言えないが、この命に代えても必ず治す』



〈了〉


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