周りの寿命が見えます

灰月 薫

 

「おめでとうございます。

あなたは周りの人の残りの寿命が見えるようになりました」


骸骨の上から黒いマント。


目に空いた真っ黒な二つの穴の奥は、なぜだか笑っているように思えた。


——死神。


そういえば死神って、絵本でもタロットカードでもこんな姿だったな。


河合康二かわいこうじはボンヤリと思った。


紙一枚を隔てた先の黒い存在。

それが今、彼の狭いアパートの中に浮かんでいた。


死神——そう呼称しておくが——は河合の沈黙に首を傾げた。


「どうしました?

喜ぶか悲しむか……疑問に思うとかしないんですか?」


河合はああ、と思い出したように頷いた。


「そういえばそうやったな」


死神はますます不思議そうな顔になった。

——いや、顔はないのだが。


「そうやった——って、どうしてそうもノーリアクションなんですか。

私のこと分かるでしょう?死神ですよ、死神。

怖くないんですか?それとも疑心暗鬼?

もちろん私は死神なので、貴方のことだって分かるんです。

河合康二、22才。

大阪生まれで、近くの私立大学に通ってる大学生で、彼女はなし、バイトはコンビニ店員で——」


「別にあんたが死神だろうが構へんわ」


彼はしっしっと手のひらを振る。

それはまさに虫を追い払う時のそれだった。


「と、とにかく河合さん!

貴方は周りの人の残りの寿命が見えるようになったんですよ!

ほら、鏡を見て!貴方の寿命が頭の上に見えますよ!!」


哀れな死神は、懇願するように喚く。


河合は明らかに面倒くさそうだった。

思い切り顔を顰めると、重そうな腰をノロノロと持ち上げる。


洗面所に向かう足取りも渋々といった様子だ。


河合が洗面所の鏡を覗くと、なるほど頭の上に数字が浮かんでいる。


警告するような真っ赤な数字は、彼が触っても息を吹きかけても消えない。


ようやく死神はニヤリとその口角を上げた。

——正しくは骨だけなので上げてはないのだが。


「河合康二さん。

ほら、よく見てみてください。

貴方の寿命の数字を」


そこに浮かんでいたのは——「1」だった。


——さあ死を恐れると良い。


死神は思った。


恐怖が、焦りが余計人の寿命を縮める。


そうして死んだ人間の魂は、とてもとても上質なものなのだ。


死神が河合に素っ頓狂な力を与えたのも、その為だった。


このスカした男が情けなく泣き声を上げるのを死神は待ち望んでいた。


だが、当の河合は。


「せやな、1やな」


表情一つ変えることはなかった。

むしろそうである事を予知していたかのように肚が座っている。


それで慌てたのは死神だ。


「1ですよ!?

1! Oneワン Unアン Unoウノ одинアヂン

あ、単位は“日”ですからね!」


あまりの河合の冷静沈着さに、死神は嘘をついた。


かの数字は、寿命が「1年“以下”」であることを示している。

残り1日であることもなくはないが、1日であるとは決して言えない。


しかし、それくらいしないとこの河合という男は驚かなさそうだった。


——だが。


「ふぅん」


虚しく、死神の思惑は砕け散った。


「なぜ……なぜ……ぇ」


ここまで来ると最早恐怖の域に入って来る。


アパートの洗面所で仁王立ちの青年と、蹲る死神。


常人では一生お目に掛かることのない構図が出来上がっていた。


河合は憐憫の目を死神に向ける。


「死神よぉ、そりゃこないのもん見せられても、リアクションできへんわ」


河合はそう言うと、いきなり洗面所から出た。


確かな足取りで窓下に行くと外を覗き込む。

窓から見える道路を行き交う人々。


1、1、1———


いっそ気持ち悪いくらいに、その数字は並んでいた。


彼は死神に向かって吐き捨てる。


「良かったの、明日にはぎょうさん魂が手に入るで」


自嘲的な彼の笑みは——むしろ絶望している顔のようにも見えた。


「なんたって、明日。

隕石さんにこの地球ほし潰されてまうんやからな」







——終

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周りの寿命が見えます 灰月 薫 @haidukikaoru

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