最終話

「――というわけで、しばらく活動は休止だな」



 退院翌日。


 早速、俺は〈占い喫茶・クンバKUMBHA〉に呼び出されていた。これからの〈アストラル・クレスト〉の活動方針を巡る社内会議をするというのだ。とはいえ開始早々、鈴音りんねから告げられたのは、活動休止宣言。しばらくは、カフェの方の従業員として頑張ってくれとのことだった。



「なんでなんで! 納得いかない!」

「納得いかなくてもだ。関係各所との何の調整もなしに、宇宙ホテルを墓場まで持って行ってしまったことに、もう非難ごうごうの嵐さ。社会的な信用も落ちたし、株価も終わってるし……店じまいも考え始めてるのが正直なところだ」

「世界救ってコレかぁ……釣り合ってないよ……」

「釣り合いもなにも、そもそも市場創出できてない分野だったんだ。――やっぱ、救済RI合党Pと合併契約した方が良かったんじゃないか? なぁ、日向ひなた先輩」



 ニヤリと、鈴音りんねは俺に視線を投げかける。もちろん冗談で言っているが、本当に悪人面なものだから、どう反応すればいいか分からなくなる。


 すっぽりと記憶がなくなってしまっているが、俺はどうやらその救済RI合党Pというヤバい集団の一員だったらしい。それで、日本を滅ぼす計画を実行しようとしていたというのだから、思い返すたびに身震いがする。


 でも同時に、過去の俺には、そうまでしても譲れないものがあったんだろう。そして、俺は見つけたんだろう。大切なものが、大切な場所が、大切な時間が、いま目の前にある気がした。


 俺を救ってくれた人たち。

 そして、俺が守るべき人たちだ。



「俺に言うな。てか、お前だって、やろうと思えばできたんだろ。そこまで言うんだったら、やればいいだろ」

「おいおい、それを日向ひなた先輩が止めたんだろ? 責任は取ってほしいな」

「いやいや、だから実行しかけたんだろ? 止めたのはお前の方だろ」

「いいや、君が先だね」

「はぁ? お前が止めなきゃできたんだ」

「君が止めたんだ」

「お前が止めたんだ」



 醜い水掛け論。


 凪咲なぎさのストップーの号令で、一応止まるがお互いに譲る気はない。鈴音りんねはわざとらしく肩をすくめてみせては、なおも顔で君のせいだと告げる。君が止めたんだと。君がいたから踏みとどまれたんだと。君がいたから、最後まで抗おうと思えたんだと。


 君がいたから、救われたんだと。


 欠けちゃいけない最後の一人だったんだと。



「……ありがとう」



 ぼそりと。


 鈴音りんねは呟いた。それから、やや俯きながら、気まずそうに俺の方を見つめる視線。そんな居心地の悪そうな視線に、俺は顔を逸らして首筋を掻いた。


 そうして逸らした先には、ニュースの画面があった。連日報道されているのは、雨沼うぬま越夫えつお救済RI合党Pに、政府要人の暗殺依頼をしていたとの疑惑である。「私は知らない」「記憶にない」と関与を否定しているが、大規模に捜査はおこなわれているようで、次々と余罪の証拠も登場し、燃え上がった炎の鎮火がまったく間に合っていなかった。政権中枢の麻痺を狙って、当の救済RI合党P側もソーシャルメディアで雨沼うぬまとの関係を進んで暴露するものだから、もう勢いは止まらなかった。


 続いて報じられる常泉じょうせん史敦ふみあつの逮捕も、この流れを更に厄介なものにした。何を語るのだろうと思いきや、彼は雨沼うぬまの関係のみならず、救済RI合党Pと政財界とのありとあらゆる繋がりを暴露するものだから、世界じゅうに激震が走った。


 そして、置き土産だと言わんばかりに常泉じょうせんは、逮捕される前に二枚の写真を世にバラ撒いていた。


 一枚目は、正面から撮られた脳と脊椎の写真。救済RI合党Pもまた〈棲脊食念虫ディマーガ〉の研究を進めているのだと認めるものとして、いわば世界に向けた宣戦布告の写真だとも捉えられた。


 二枚目は、写真というよりかはイラスト。天の川を見つめる人の絵。人体を模した簡易的なシルエットのなかに、二匹の蛇が螺旋を描きながら絡み合う姿が描かれている。ちょうど人間の頭部で、蛇が見つめ合う構図だが――



「……まだ終わりじゃない、ってことか?」

「いいや、終わりさ」

「?」

「思わせぶりな行動をして、混乱を誘いたいだけだろうな」



 世界の混乱。

 それが、常泉じょうせんの狙いだった。


 事実、〈棲脊食念虫ディマーガ〉に関する思わせぶりな発信を受けて、陰謀論者たちは各々考察を繰り広げ、大盛り上がりしていた。そうして辿り着いた答えは、「政府が真実を隠している」「それを救済RI合党Pは伝えたいのだ」というもの。


 そうやって、救済RI合党Pの支持拡大を狙う。主権国家体制や現行の国際秩序を否定する救済RI合党Pによる、ささやかなだが効果的な反抗だった。




 *****




「そんなことよりも、せっかくの長期休暇ができたんだ。今年の夏は海に行こうと思っていてね」

「……へぇ」

「おや? 興味なかったかな?」



 興味がないわけではない。むしろ、ちょうど海のことについて考えていたところ。


 というのも、の相手から「海に行きたい」と言われていたのだ。それだけに、タイムリーすぎて呆気にとられていた。交換相手は、ついに「練間NERIMA奈白NASHIRO」と名前を明かし、本名でやり取りをする仲になった。


 ……なんてことを、鈴音りんねの目の前で言えるわけがない。


 と。


 悪寒が走った。俺の考えを読み取ったのか、鈴音りんねはニヤァと邪悪な笑みを浮かべたのだ。



「そういえば、日記の相手も言っていたな。長い間、返事がなくて寂しい思いをしたと」

「なッ……。おま……どこで? なんで知ってる!」

「逆にどうしてバレてないとでも? そうだ。返信が遅れた穴埋めに、水着選びに付き合ってもらうとしよう」

「……。いや、ちょっと待て。穴埋めするのは分かるが、なんでお前に付き合わないといけないんだ? お前は関係ないだろ」



 あっ……やべ、とよく分からない反応をする鈴音りんね。ただただ首を傾げるしかない俺。その様子を、バイトの湖上こじょうさんが「なんだコイツら」と奇怪な目を向けてくるので、余計にわけが分からなかった。



「ほら。練間ねりま奈白なしろ……だったか? そいつにも水着のアドバイスとか……まあ色々できるかもしれないだろ?」

「なる……ほど……?」

「人生は経験値集め。関係ないと思える経験も、意外なところで役に立つものさ」

「それは、そう……って、るせぇよ!」



 反抗するが、鈴音りんねのニヤけ顔は止まらない。横にいるハズの凪咲なぎさとくれば、「にゃん、にゃん、にゃん♪ ボロネーゼ〜♪」と目の前の料理に夢中で、俺たちの会話にはまるで入ってくる様子はない。


 そして駄目押しついでに、鈴音りんねに「それに、ショッピングに付き合うのが吉と出ているぞ」とタロットカードをチラつかされては言うことを聞くしかなさそうだった。



「……分かったよ」

「助かるよ。こういうのの流行にはめっきり疎くてね」

「嘘つけ。……てか、俺も分かんねぇし」

「特に僕も成長期らしい。合うものがあればいいんだけど」



 知らねぇよ、と流すつもり。


 だが、鈴音りんねが「最近じゃ色々すぐきつくなって」と漏らしたものだから、俺の視線は自然と誘導されてしまう。向かったのは、鈴音りんねの胸元。


 目に飛び込んできたのは、豊かな曲線によって描かれる双丘。ドキリとした。少し前までは何とも思わなかったはず。春よりも身体のシルエットが分かりやすい服装になったせいもあるのだろうか。心なしか透ける肌に、妖艶ささえ感じ始める。



「おや? いまどこを見ている?」

「あ……いや……。別に?」

「隠すなよ。僕と先輩の仲じゃないか。世間的には気にする時期らしいが……、なぁに、安心してよ。僕は君のような変態には寛容なんだ」

「おま……ッ、何言って……」



 くつくつと笑う鈴音りんね。それから「意識してしまったかな?」とか「やっぱり君も男の子なんだな」とか、とにかく俺を揶揄からかうだけ揶揄からかうと、いつも以上に不敵な瞳を向けた。



「ざーこ」







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捻くれ少女の皮肉は、宇宙を掃く げこげこ天秤 @libra496

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