Cパート

 気が付くと私は縄で縛られて床に転がされていた。場所はどこかの事務所のようだ。起き上がるとそばに同じように縛られている翔太がいた。彼は顔をうつむけて膝を抱えて座っている。私が彼に声をかけようとすると、


「気が付いたようだな」


 奥から低い男の声が聞こえた。


「誰なの! あなたは!」

「ふふん。威勢のいい刑事デカさんだ!」


 その声の主が現れた。それは神流会の幹部の横田だった。そのわきには組員が数人いる。


「私たちを放しなさい!」

「それはできない相談だな」


 横田は薄笑いを浮かべていた。辺りを見渡すと、机の上にあの宝石の入った箱が置いてあった。翔太が持っていたのを取り返したようだ。せっかくの証拠品が奴らに奪われてしまった・・・。私の視線に気づいた横田が言った。


「宝石は取り返した。これで取引は完了だ」

「こんなことをしてただで済むと思っているの!」

「お宝はここにある。これをこちらの裏ルートで売りさばけば足はつかないだろう。そしてお前たちは東京湾に沈んでもらう。だがサツが踏み込んでくるかもしれないからそれまでの人質だ。じゃあな」


 横田はそう言って組員を引き連れて出て行った。私たちを見張るのは一人の組員のみ・・・。私は何とか脱出しようと辺りを見た。すると鋭利な金具が壁から飛び出しているのが見えた。私は見張りの組員に見つからないようにそっと移動して、その鋭利な部分で縄を少しずつ切り始めた。

 そばにいる翔太は落ち込んだ顔をして、


「俺、もう終わりなのか・・・」


 と泣き言をつぶやいていた。それはあまりにも情けない様子だった。私は言ってやった。


「しっかりしなさい! アメリカに行ってビッグになるんでしょう!」

「えっ! どうしてそれを・・・」

「みんなからいろいろ聞いたわ。でもこんなことをしてはいけないわ。拾った宝石を売ってそれに当てようっていうのは」

「う、うん。悪かったよ・・・」


 翔太は反省していた。根は素直で悪い奴ではないようだ。


「まだ機会はあるわ。若いんだもの。それにミッチもいるんでしょ。大丈夫よ」

「そ、そうだね・・・自分の力でそうするよ」


 私たちが話しているのを見張りの組員は苛立ってきたようだ。


「うるさい! 静かにしろ!」


 組員は殴りつけようとしてそばに来た。その時、私の縄が切れた。


(今だ!)


 私は急に立ち上がり、キックで金的を食らわせた。不意打ちでその組員はどうすることもできず痛みで床に転がった。私はすぐにその組員を縛り上げ、翔太の縄を解いた。


「逃げるわよ!」

「ああ・・・」


 翔太はあの宝石箱に手を伸ばしていた。だがそんなものを持って逃げる余裕はない。


「そんなものは放っておいて!」

「でも・・・」

「自分の力でするんでしょ! さあ、行くわよ!」


 私は翔太を引っ張るようにしてその場を離れた。外を見ると組員らしい男たちが立っている。捕まらないように走って逃げねばならない。幸い、向こうにパトカーが見えた。そこまで走れば安心だ。私は翔太に言った。


「いい? このまま向こうに停まっているパトカーまで走るわよ! 立ち止まったりしたらどうなるか、わからないわ。一気に走るのよ!」

「わかった!」


 翔太はうなずいた。私は組員たちの隙を見て翔太と走り出した。組員たちは気づいたがもう遅い。


「待て!」


 組員たちは逃すまいと拳銃を取り出して追いかけてきた。だがこの距離を保っている限り、弾は当たらないだろう。私たちは無事に逃げられる・・・そう思った瞬間だった。


「あっ!」


 翔太のポケットから小さな箱がこぼれ落ちた。それは地面を転がっていった。彼はすぐに立ち止まり、そしてその箱を追いかけ始めた。


「だめ! そっちに行っては・・・逃げて!」


 私は振り返って叫んだ。だがもう遅すぎた。翔太はやっとその小さな箱を拾い上げた。だが同時に組員たちが彼に向けて拳銃を発砲した。


「パーン! パーン! パーン!」


 その弾は翔太の胸や腹に命中した。私は驚いて声を出せず、ただ立ち尽くしていた。彼は血だらけになってそのまま路上に倒れた。

 組員たちは今度は私に拳銃を向けた。すると、


「パーン! パーン! パーン!」


 と発砲音がした。その弾は組員たちの右腕に当たり、その拳銃を叩き落とした。振り返ると倉田班長たちが拳銃を構えていた。


「日比野! 大丈夫か!」

「ええ。でも・・・」


 私はすぐに翔太のそばに行って抱き起した。彼はもう虫の息だった。


「しっかりして! アメリカに行くんでしょ!」

「ああ、でも・・・もう無理かな・・・」

「ミッチが待っているんでしょ! しっかりしなさい!」

「ミ、ミッチは空港に行っている。こ、これを渡してくれないか・・・」


 翔太はあの小さな箱を私に渡した。そしてこと切れた・・・。


 ◇


 空港では多くの人が行き交っていた。そこには海外に出て行こうとする若者もいる。私はその人ごみの中にいてミッチを探した。

 ふと待合室をのぞくと、若い女性がそわそわして誰かを待っているのが見えた。彼女の瞳は明日への希望で輝いていた。私には彼女がミッチだと直感的にわかった。

 私は深いため息をついた。彼女はまだ翔太の死を知らない。私は彼から預かったあの小さな箱を渡して、それを告げなければならない。それは明るい未来を信じている彼女を地獄に叩き落とすような・・・。心が重くなり、一瞬、躊躇して足が止まった。だが私は刑事だ。真実を告げるため、意を決して彼女に近づいた。


「ミッチさんですね?」

「え? そうですけど・・・」

「翔太さんから・・・」

「翔太はどこ? ずっと待っているのよ!」


 ミッチは私の言葉を遮り、辺りを見渡していた。


「これをあなたにと・・・」


 私は小さな箱を差し出した。彼女は不思議そうな顔をしてその箱を開けた。


「あっ! これって!」


 彼女の表情がパッと明るくなった。そこには指輪が入っていた。何の飾りもない銀の指輪が・・・


「まあ! サプライズね! アメリカに行ったら結婚しようって言っていたの! プロポーズなのね! 翔太はどこなの?」


 ミッチはうれしそうにはしゃいでいた。そしてその瞳はキラキラと輝いていた。だが私は彼女の希望に答えられない。ただこう告げるしかなかった。


「彼は・・・旅立ちました。手の届かないところに・・・」

「えっ!」


 ミッチは茫然として箱を落とした。それは床で弾み、中から指輪が飛び出した。銀色にきらきら光りながら指輪はいつまでも転がり続け、やがて窓のサッシで止まった。

 ミッチはその場に座り込んで、ただぼうっと窓の外を眺めていた。そこにはアメリカ行きの旅客機が飛び立っていた。

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箱を開けたら 広之新 @hironosin

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