Bパート

 第3班は密輸品取引の証拠集めのために、令状を取って神流会の事務所を家宅捜索した。だが用心しているらしく、取引の証拠らしいものは何も出てこなかった。任意で幹部を引っ張ってきて事情聴取したが、やはり口を割ろうとしなかった。やはり証拠のあの宝石が出て来なければどうにもできない。しかも神流会があの事を知っていることが分かった。


「神流会の連中は証拠の宝石を我々が確保していないことを知っている」


 捜査会議で倉田班長が言った。あの現場にいた暴力団員やマフィアはすべて逮捕したはず。どうして知っているのか・・・。


「宝石店を回って高価な宝石を売ろうとしていた若い男がいた。それも例の宝石箱をもって・・・。店主が怪しんで買わなかったが、そのことを神流会はつかんでいた。奴らはその若い男を探しているようだ」

「その若い男は北野翔太と思われます。彼らはそこまででつかんでいますか?」


 私はそう質問した。


「いや、奴らはそこまでは知らないようだ。だがそれがわかるのは時間の問題だ。もし奴らがそれを知ったら・・・」


 多分、翔太は彼らに捕まって宝石箱を取り上げられ、そして殺される・・・。それを聞いていた荒木警部が口を開いた。


「北野翔太という青年のことは日比野の報告で見た。彼は将来に希望を持った青年だった。あの日、彼は落ちていた箱を拾った。そしてその箱を開けてしまったのだ。そこには高価な宝石があり、これを売って大金が手に入ればアメリカに行ける。そう思って彼は宝石を売るところを探しているのだろう。その箱は彼をそんな風に行動させてしまったのだ。彼にとってそれはパンドラの箱だった」


 パンドラの箱・・・全知全能の神ゼウスがパンドラに与えた箱、その中には疫病や犯罪、怒りや悲しみ、不幸などあらゆる災いが詰まっていた。それを開けてしまったがために地上に不幸が蔓延した。翔太はそのパンドラの箱というべき、宝石の箱を開けてしまった。それで神流会に追われて命の危機にさらされている。


「こうなればその翔太という青年の命が危ない。一刻も早く見つけ出して保護するんだ!」


 第3班を上げて彼を探すことになった。彼の行き先についてさらに聞きこみを続けなければならない。



       ―――――――――――――――――――――――――



 井上は翔太から買い取ったダイヤをもって知り合いの宝石ブローカーのもとに向かった。そこならもっと高価な宝石でもさばいてくれるという評判があった。その事務所に入るとそのブローカーの他にもう一人、強面の男がいた。


「すいません。私の知り合いに宝石を現金に換えて欲しいというものがありまして・・・」

「ほう。どんなものを持ってきたんだ?」

「こんなダイヤです。でももっと高価な宝石を持っているらしくて・・・」


 すると強面の男が井上のそばに来た。


「どんな奴だった?」

「え、ええと・・・」

「はっきり言うんだ!」


 強面の男は井上の胸ぐらをつかんだ。


「ひえっ!」


 井上はビビッて思わず声が出た。


「こちらは神流会の横田さんだ。痛い目に遭いたくなかったら言うんだ」


 ブローカーが井上の耳にささやいた。


「ええ、何でも言います。翔太っていう若い男です」

「奴はどこにいる?」

「いえ、わかりません」

「わからないだと!」

「いえ、また電話がかかってきます。宝石を売りたいそうですから・・・」

「それならそれまでここで待っていろ! 電話がかかってきたら言うとおりにするんだ。いいな!」

「え、ええ・・・」


 井上は震えながら返事をした。


 ◇


 ある廃工場、ここに翔太はいた。かつて彼はここで働いていた。だが工場がつぶれて誰もいなくなったこの場所でよくバンドの練習をしていた。そして彼は宝石の箱を拾ってから用心してアパートにも帰らず、ここに潜んでいたのだ。

 彼はギターケースを置くと、そこにあったソファに腰かけてすぐに電話をかけた。もちろん相手は井上だった。


「もしもし井上さん?」

「ああ、そ、そうだが・・・」


 翔太は井上の声が震えているのが気になったが、そのまま続けた。


「宝石の件、どうなった?」

「だ、大丈夫だ。は、話はついた。ブ、ブローカーと・・・」

「本当か! じゃあ、どうすればいい?」

「ええと・・・四丁目に『ザンキビル』というところがある。その4階の『ワールドジュエリー』に来てくれ・・・」

「わかったよ」

「だ、誰にも言うなよ。目、目をつけられたら危ないからな・・・」


 それで電話が切れた。井上の様子がおかしかったが宝石がさばけることのうれしさに、翔太の不安はかき消されていた。


「これで大金が手に入る! あとはミッチに言うだけだ」


 翔太はポケットから小さな箱を取り出した。それを楽しそうに片手でお手玉していた。しばらくしてミッチが廃工場のドアを開けて現れた。


「翔太! 待った?」

「いや、そんなに待っていない」


 翔太は慌ててその小さな箱をポケットにしまった。


「それ、なあに?」

「なんでもないさ。それよりいい話がある。金ができたんだ」

「本当!」


 ミッチはうれしそうだった。


「アメリカに行こう! 向こうでバンドをしてビッグになるんだ!」

「いいわ! 夢がかなうのね!」

「ああ、2人の夢を本当にするんだ!」

「やったー!」


 翔太とミッチは抱き合った。


「すぐに出発しよう! 荷物をまとめて空港に行ってくれ。パスポートを忘れずにな。すぐにお金をもって追いかける」

「OK! 待っているわ!」


 ミッチは翔太から離れて廃工場から出て行った。


「さあ、夢への一歩だ!」


 翔太も宝石ブローカーと会うためにその廃工場を出ていった。


 ◇


 宝石ブローカーの事務所では神流会の横田が不気味な笑みを浮かべていた。その横で井上が震えていた。彼はかかってきた電話を受けて、横田の指示通りに翔太に伝えた。そしてもうすぐ翔太はここに来る・・・。


(翔太は殺される。もしかしたら自分も・・・)


 井上はそう感じていた。


「まあ、よくやった。これで宝石が手に入る」

「え、ええ。それはよかった。では私は・・・」


 井上はそこからそっと逃れようとした。しかし横田がその首根っこをつかまえた。


「おっと。どこに行く?」

「もう用事はないでしょう。ですから私はこれで・・・」

「すまなかったな」


 横田は井上を放さず、懐から短刀を抜いて背後から心臓をひと刺しした。


「ううっ! な、なにを・・・」


井上は苦しみながら声を上げた。


「お前は知りすぎたからな。じゃあな!」


 横田は井上を放した。すると井上は床に転がりそのまま絶命した。


「片付けておいてくれ! それから組の者にこの辺りを見張るように伝えてくれ!」

「はい」


 宝石ブローカーの男は組事務所に電話をかけた。翔太は何も知らずにこの場所に来ようとしていた。



     ―――――――――――――――――――――――――


 私たちは北野翔太の行方を追った。彼のアパートはわかったが、数日前から帰ってきていないようだった。私たちはさらに捜索範囲を広げた。早く彼を見つけないととんでもないことになると・・・。

 私は街で聞きこみを行っていた。その時、偶然、翔太を見つけたのだ。彼はギターケースを背負って歩いていた。そして古い雑居ビルに入って行った。私はその後を追い、そっと近づいて急に彼の前に現れた。


「なんだよ!」

「ちょっと話があります! 北野翔太さんですね!」


 私は警察バッジを見せた。すると彼は慌てて逃げようとした。だが私はその前に彼の腕をつかんで捻り上げた。


「い、いてて・・・」

「あなたでしょう。宝石の入った箱を持っていったのは」

「し、知らない・・・」

「荷物を調べればわかるわ。近くの交番に行きましょう」


 私は彼を連れて行こうとした。だがその時、後ろから頭に強い衝撃を受けた。それで気を失ってしまった。


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