Aパート
あれから懸命に周囲を探したが、結局あの箱は見つからなかった。私は意気消沈して捜査1課に戻った。犯人を追い詰めていたとはいえ、あの箱を確保することなく喪失してしまうとは・・・。私は荒木警部や倉田班長の前で頭を下げた。
「申し訳ありません。私の大きな失態です。あんな大事なものを失ってしまって・・・」
「それは仕方がない。犯人を追っていたのだからやむを得ないだろう」
荒木警部にそう言って頂いたが、私の気は晴れなかった。タックルしたときにすぐに男を確保していたなら・・・そんな後悔が残った。荒木警部は顎をしゃくりながら言葉を続けた。
「だが困ったことになった。あれは証拠品だ。あれがないと奴らを有罪にできなくなる可能性がある」
それは私も同感だった。それほどあの箱は大事なものだった。倉田班長が言った。
「こうなったらあの箱を探し出すしかありません。多分、犯人が落とした場所から誰かが持っていったのでしょう」
「うむ。必ずその箱を奪い返さねばならん!」
「日比野。何か思い当たることはないか?」
倉田班長にそう聞かれて、私はその時のことを思い出した。周囲には誰もいなかった。あの青年以外・・・。
「その現場にギターケースを持った茶髪の青年がいました」
「多分、そいつだ。あの場所は人通りが少ない。覚えているか? 人相を」
「はい」
私は答えた。一瞬だったが、その青年の顔ははっきり覚えていた。荒木警部が大きくうなずいて私に言った。
「それならすぐに探し出すんだ。ぐずぐずしておられんぞ」
「日比野はその青年を探し出せ」
倉田班長がそう指示を出した。それで私はあの青年を探すことになった。
◇
私は似顔絵を作成して街のいたるところで聞きこみを行い、あの青年を探した。そしてようやくバンドをしているという若者の集まりにたどり着いた。
「あなたたちの仲間でこんな人いる?」
似顔絵を見せると首をひねりながらも答えてくれた若者がいた。
「翔太みたいだ」
「そうそう、翔太に違いねえ」
やっと行き当たった。
「ねえ、翔太君って、どんな人なの? 上の名前も知っている?」
「ああ。北野翔太。『ジーカー』というバンドをやっていた」
彼はやはりアマチュアバンドをしていた。それで彼を知っている者は多かった。
「彼はどこに住んでいるの?」
「さあ、よく知らないなあ」
「俺もな」
翔太の居場所についてはわからなかった。それならもう少し詳しい情報をつかもうとして彼らに聞いてみた。
「彼のバンドはどこで活動しているの?」
「いや、もう解散してしまったよ」
「そうだ。バンドの評判はそこそこよかったのにメンバーともめて解散してしまったよ」
「そうなの」
バンドの線から翔太を追うことは難しそうだ。彼らはさらにいろんなことを言っていた。
「あいつは自分が天才だと言って、他の奴を馬鹿にしていた」
「だからメンバーが離れて行ったんだ。残っているのは恋人のミッチだけだ」
翔太は独りよがりの青年らしい。私は彼の居場所について何かつかめないか、聞いてみた。
「ねえ。翔太君が行きそうなところを知らない?」
「いや、知らない。いろんなバイトをしているって聞いたことがあるけど」
「そうだ。アメリカに行くんだと。そこでビッグとやらになるらしい。パスポートまで作っていたぜ」
「でもバイトして金を稼いでいるが、なかなかアメリカには行けそうにないな」
彼らはそう話していた。アルバイトをして生活しているらしいが、どこにいるかわからない。翔太はいったいどこに・・・友達の家を転々としているか、どこかに潜んでいるか・・・。とにかく私は彼を探すしかなかった。
――――――――――――――――――
その頃、翔太は苦虫をかみつぶしたような顔をして街を歩いていた。あの宝石の入った箱をギターケースに入れて・・・。
「くそ! 誰も怪しんで買ってくれねえ。せっかくこんな高そうな宝石が手に入ったのに・・・」
彼はぶつぶつ言っていた。確かに出所がはっきりしない宝石、しかも翔太のような者が売りに来たら怪しむだろう。その宝石も一番小さなダイヤでさえ、数十万はするものだから・・・。
「あっ! そうだ。丸十質屋のおっさん。あいつなら少々怪しいものでも買ってくれそうだ」
翔太は思い出してその質屋に向かった。そこは町はずれの汚い雑居ビルの1階にある。店に入ると店主の井上が胡散臭そうに彼を見た。
「何かね?」
翔太はギターケースを開けてあの箱を取り出した。そしてそれを開けて一番小さなダイヤを差し出した。
「この宝石を買ってほしいんだ」
井上はダイヤを受取り、面倒くさそうにルーペで見た。すると井上の目の色がみるみる変わった。こんな素晴らしいダイヤはとんと見たことがないと。だが井上はわざと興味がなさそうに言った。
「ダイヤだね。まあ、五万といったところか。それでいいなら引き取ろう」
だが翔太は井上が大幅に値切っていると感じていた。
「じゃあ、やめだ。持って帰る!」
翔太がそのダイヤに手をのばした。すると井上があわてた。
「いや、八万出す!」
「たった八万?」
「十万、いや十五万出す。それ以上は無理だ!」
「仕方がねえ。十五万でがまんしてやる。その代わり条件がある」
「条件?」
「ああ。高い宝石を買い取ってくれるところを探しているんだ。秘密で」
翔太がここに来たのはそのことも考えているからだった。井上ならヤバいブローカーを知っていると思って・・・。一方、井上の方も、
(こいつはもっと高い宝石を持っているに違いない。儂のところでは、これ以上高い宝石をさばくことはできないが、知り合いのところなら引き受けてくれる。それでバックマージンを取ってやろう)
と考えた。
「よし。わかった。どこに連絡すればいい?」
「俺の方から連絡するよ。じゃあな」
翔太は受け取った十五万をポケットに入れて店を出た。
「ようし! これで目途が立った! ミッチに言ってやろう。喜ぶぞ!」
彼はうれしさに飛び跳ねるように歩いていた。
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