箱を開けたら

広之新

プロローグ

 それはある日の午後のことだった。私たち捜査第1課第3班は廃墟と化したビルに隠れて張り込んでいた。ここで取引が行われるとタレコミがあったのだ。

 以前から海外からの密輸が後を絶たない。最近は高価な宝石が持ち込まれることが多かった。その中には盗品も含まれる。それが秘密裏に海外マフィアから国内の、暴力団に取引されて、その大きな資金源になっていた。


 廃墟ビルの前に2台の車が停まった。ここで海外マフィアと暴力団「神流会」との取引が行われる。1台の車からは外国人が3人、姿を現した。その一人は大きめの弁当箱ほどの箱を両手で大事に持っていた。そしてもう一台、日本人が3人降りてきた。その一人はアタッシュケースを手に提げていた。

 その2組は目を合わすと何も言わずにビルに入っていった。人目につかないところで取引を行おうというのか・・・。私は壁際に隠れてその様子を見張っていた。


 やがて彼らは向かい合うと、お互いに品物を見せあった。アタッシュケースには札束がぎっしり詰め込まれ、箱にはきらびやかに光る宝石が顔を覗かしていた。彼らはそれらを確認すると大きくうなずき、その蓋を閉じた。いよいよ取引が行われる。アタッシュケースを持った男と箱を持った男が近づき、その品物を交換しようとしていた。

 その時、倉田班長の左手が動いた。私たちは彼らの前に飛び出した。


「警察だ! そこを動くな!」


 その言葉にマフィアと暴力団の男たちは逃げようとした。私たちはそれを阻止してつかまえていった。暴れるところを倒して組み敷いて、


「密輸取引の疑いで逮捕する!」


 と次々に手錠をはめていった。だが一人だけ、箱を持った男がすり抜けて外に逃げていった。


「日比野! 追え!」


 倉田班長の声が響いた。私はその男をビルの外まで追っていき、思いっきりタックルした。すると男は箱を落として倒れた。宝石を入れた箱が道端に転がる。男はそれを放ったまますぐに起き上がって走って逃げた。


「待ちなさい!」


 私も立ち上がってその後を追った。


 そこに通りかかる青年がいた。茶髪に革ジャン、そしてギターケースを担ぎ、いかにもロッカーという感じだった。彼は小さな箱を片手でお手玉しながら楽しそうに歩いていた。その青年に向かって男が走っていく。


「危ない! 避けて!」


 私が叫んだ。するとその青年はびっくりして立ち止まった。そして走ってくる男に気付いてあわてて身を引いた。その横を男がすり抜けていく。


「待ちなさい!」


 私はまた声を上げながらその男を追った。やがて男は息が切れてきたようだ。私は男に追いつき、つかまえてその手を捻り上げた。


「密輸取引の疑いであなたを逮捕します!」


 私は男に手錠をかけて廃墟のビルまで戻った。もう騒ぎは収まっている。だがそこで私は愕然とした。


「箱がない! あの密輸品の宝石の入った箱が・・・」


 それは忽然と現場から消えていた。

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