僕が、何かをとじこめた…その箱

桃福 もも

一話完結 1500字のインスタントホラー

花びらが雪のように舞っている。

実家に帰るのは7年ぶりだった。母が、亡くなったのだ。


大学を卒業し、地方のホームセンターに就職した僕は、休みが取りにくく、遠方であることを理由に、一度も帰らなかった。


7年ぶりの実家は、タイムスリップしてきたのかと思うほど、何も変わっていなかった。


だがそれが、妙に怖いと思うのだ。


呼び鈴を押すと、先に着いていた兄嫁が迎えてくれる。

「あらあ、洋二郎さん。結婚式以来だねえ。」

「ご無沙汰しまして。」

「なあんの。副店長さんになったってね。お義母かあさんが、喜んどったわね。」

「母が…?」

「…突然だったでね。お兄さんは、もう葬儀場へ行ったわ。今、孝ちゃんが寝とるで、うちらは、ぎりぎりに行かせてもらうけど。洋二郎さんも、うちらと一緒に車で行くかい?」

「はい、そうします。」

「まあ、そいじゃ、自分の部屋で、少しゆうっくりするとええわ。」


自分の部屋も、恐ろしいほど何も変わってはいなかった。それはそうだろう。主を失ったままなのだから。


当時、はまっていた漫画のコレクションが懐かしい。一冊を手に取ってみた。

その奥に、何か見知らぬ箱がある。


「箱?」


僕は、漫画をけて、その奥の箱を出した。

空気穴のようなものが開いている。

虫でも入れてたんだろうか?何も思い出せない。

箱をゆすってみると、カサカサと音がした。


「なんだろう。」


少しずれてしまった蓋から、小さな手がにゅるっと出てくる。


「ひ!」


僕は、驚いて蓋を閉めた。爪の付け根が真っ赤だった。


そして思い出したのだ。子供のころ、ハムスターを飼っていたことを。

それが、指をかまれて怖くなり、箱に入れっぱなしにして、穴から餌だけを入れていた。

蓋を開けることは、二度となかった。


「あの箱。」


あの後、どうしたんだろう。僕は、ハムスターをどうしたんだっけ。

まさか、箱に入れたまま、置きっぱなしにしたんじゃないのか?


それがまだ生きている。


「そんなはずはない。」


じゃあ、あれは何だ。


子供のころ、このままじゃ死んじゃうんじゃないかと思いながら、どうすることもできなくなっていた。それでだんだん、箱が怖くなったんだ。


「そうだよな。見間違いに決まってる。」


だったら、開けて見ればいい。

今は、大人なんだから。


僕は蓋をつかんだ。



嫌だ!

開けたくない。


「…さん!洋二郎さん!」


義姉ねえさん?


「ああ、はい。すいません。ぼーとしてて。」

「孝ちゃん、起きたんで。そろそろ、行かんかねえ。」

「はい。では一緒に。喪服に着替えたら、下におります。」

「んじゃ、車で待っとるでね。」

「はい。すぐ。」


僕は、結局開けることなく、箱を棚に戻した。



駐車場には、喪服の義姉あねが立っていた。

「お待たせしました。」

「なあんも。後ろは乗れんで、前でもええかいね。」

「ええ、もちろん。」


後ろに目をやると、チャイルドシートと荷物で山積みだった。


「子供がおると荷物が増えてねえ。じゃあ、行こうかい?」


孝ちゃんはもう乗ってたのか。

僕は義姉あねと一緒に車に乗り込んだ。


なんか変だ。

ハンドルを握る手に、真っ赤なマニキュアが見える。

喪服なのに、赤のマニキュア?


そして脳裏に、箱の蓋から覗く、血爪の小さな手がよぎった。


息を呑む僕の目に、フロントミラーが映る。


「孝ちゃん?」

僕は振り返った。

義姉ねえさん!孝ちゃんが乗ってませんよ!」


義姉あねは、薄い唇を、更に引き延ばすように笑った。

「うん、そうなんだわ。あのこは、先に逝ったんだわね。」


マニキュアの手は、爪がはげ、血まみれの手になっている。


義姉ねえさん!」

「お母さんが会いたがっとたでね。お前さんか来るのを、待っとったんだわ。」


出して!ここから出してくれ!


    「箱からは出れんのよ。

       だって、蓋が開かないんだもの。」

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僕が、何かをとじこめた…その箱 桃福 もも @momochoba

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