後編

 そして、なんと、コードネーム決めは翌日まで持ち越された。

 ずっと使うコードネームだ。熟考はしたい。


「でも、案外、カンで決めたことが正解だったりする」

 〈お父さん〉は鼻歌交じりで、よく宿屋でもらう、うすい白タオルを首にかけていた。研修施設の大風呂に、いっしょに入ろうと誘われた。

博士はくしくんは、部屋付きの風呂に入るそうだ」


「潔癖症なんでしょうか。それとも、背中に彫り物入れてるとか」

 わたしは、かるい冗談をかませたつもりだった。





(それが、まさか両方当たってるなんて)


 屋内非常階段を駆け上がりながら、わたしは〈お父さん〉と〈博士はくしくん〉と出会った日のことを思い出していた。


 塔の最上階に、部屋はひとつしかない。

 ぴん、ぴん、ぴんぽ、ぴんぽぴーん。

 もどかしく、玄関のインタホンを連打すると、「やぁ」と、背の高い、きれいな手の人がバスローブ姿で扉を開けてくれた。バスローブ姿だ。

「あらかた片付けておいたよ」


「シャワー浴びたの?」

 ラインが既読にならなかったのは、シャワーを浴びていたからか。


「うん? いつも部屋に帰ったらシャワーに直行だよ。不潔だろ。あっ」

 彼は、わたしを見た。

 わたしは汗だくだった。


「わたしも帰ってきたらシャワーを浴びた方がいい?」

「……強要はしない」

 言葉はにごしたが、彼の目がお願いと言っている。


「まぁ、ひと汗かいたしね」

 わたしは玄関で靴を脱いで、出されていたスリッパに履き替えた。そこまで、彼がやってくれていた。


「〈お父さん〉は、まだエレベーターの中みたいだね」

 彼は自然に綽名あだな呼びした。


 この同期三人の間だけ、コードネームとは別の綽名あだな呼びをしていた。三人のコードネームが決まるまでに、わたしがつぶやいていたのを、ふたりに、ひろわれてしまったのだ。

 会うのは久しぶりなのに、会えば、あの頃に戻っている。それが同期というものなのか。


「引っ越してきたその日にエレベーター故障って」

「最新式の設備は繊細すぎるんだ。そのうち復旧する」


 久しぶりの同期三人そろっての任務だ。

 そのうえ、三人共同生活。


「さてと、切り替えるか」

 背の高い彼の目が、組織員のそれになった。バスローブ姿でできるのが、彼のすごいところだ。

「山頂から放たれる燭天使セラフィムの矢。君と仕事ができることを、うれしく思う」


「はい。白虹はっこうをかかげる勾玉まがたまのメルボルン」

 わたしも彼のコードネームを呼んだ。

 声が上ずってしまったのは、駆けてきたせいだ。


いだう川のほとりのプロバイオティクス善玉菌は、そのうち、来るだろ」

 エレベーターが復旧した知らせはない。


「トイレ、行きたくなったらどうするんだろ」

 ようやく、わたしの心に年かさの同期への心配が浮かんだ。


「自分で何とかするさ。——オレたちは、かりにも組織の人間だ」

 白虹はっこうをかかげる勾玉まがたまのメルボルンは、冷徹な人だ。

 右手の人差し指で、わたし、つまり、山頂から放たれる燭天使セラフィムの矢の額を、つんとつついた。




 

           〈わたしは男子です

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天童君には秘密がある 3〈KAC2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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