ある、地方都市での話

あぷちろ

住宅の内覧の時の話だそうです……

 去る、2月の下旬のことでした。私は来る四月の新生活に向けて部屋探しをしていました。

 幸い、自分の生業は在宅でも成り立つもので、かねてより目をつけていた好みの街で新生活を始めるつもりでいたのです。

 その街の、地域に根差した不動産屋であれでもないこれでもないと物件情報とにらめっこをしていたのです。

 とある平日の昼下がり。私は街はずれにあったとても小さな不動産屋を訪れていました。

 その不動産屋は、街はずれの幹線道路沿いに一件だけがぽつり、と存在しておりました。古びた看板と大きなガラス壁にはいつくかの賃貸物件が張り出されていて、いかにもなこぢんまりとした不動産屋でありました。

 じぃっと、ガラス壁に張り出された物件を読み解くと一つの共通点がありました。

 ――安い。

 どれもが交通の利便がよい土地や街の中心部にある物件でありつつも、家賃が相場より2、3割程安かったのです。

 さすがに察しの悪い私でも分かりましたよ……この不動産屋は事故物件を率先して扱っているのだとね。

 私自身は怪現象なんて殆どが何かしらの説明のつく、既知の現象だと思っておりましたのでね、二もなくその不動産屋の扉を開けて飛びついたのです。

 不動産屋自体は何でもない普通のもので、ああ、確かに店員さんのちょっと吃音がきついくらいではありましたが至って親切な方々でした。

 あれよこれよと、私の出した条件に合致した物件が見つかり、その日のうちに内覧へ向かうこととなり、引き連れられるままに件の物件へと案内されたのです。

 街の中心部や、鉄道駅などに程近いマンションの一室でした。然程古いでもなく、かと言って新築のものでもない。小綺麗すぎるきらいのある部屋でした。

 部屋に入ると外界からの音が消えたように思えて、玄関で撚れた革靴の両方をきちんと揃えている担当者に尋ねたのです。

 すると彼は以前の入居者に関して話をしてくれました。

 聞くところによると、前の入居者は作曲家であったらしい。あいにくと名前に聞き覚えはなかったがその仕事のために全室にわたって防音処理が施されているらしいとの事。

 ああ、なるほど。だから音が響かないのか。部屋に防音処理が施されていて立地もよく、この価格。

 既に私の心中ではこの部屋を次の居住地にする算段がたっておりました。

 最後に水回りを軽く見やり、担当者へ最終決定を伝えようとリビングに向かったところでした。

 あれっおかしいな? って思ったんですよ、なぜなら担当者のとなりに同じスーツを着た黒髪の女性が俯いて立っていたから。

 もちろん、この部屋に着くまで彼と二人だけでしたし、特に追加で人員がやってくるなんても聞いていなかったものですから……まじまじと彼女を見てしまったんですよ。

 顔一面を隠すほどの長髪の内側、無礼にならない程度に覗き見てみたのです、するとね、無かったんですよ――

 

 ――――顔が、無かったんです。

 

 私の息をのむ声が聞こえたのか、担当者の彼もやっと彼女の存在に気づいたんです。彼には霊感があるのか、歯の根をがちがちと震わせてその場に尻もちをついてしまった。

 あるはずのない、彼女の瞳が私を見つけ、そのまま私の首を両手で締め上げる。

 ぎりぎり、ぎりぎり、息苦しさを感じる。

 同時に、私は安心したのです…………、

 

 …………物理干渉してくるなら殺れるな???

 はい、そこから行動は早かった! 素早く彼女の手首をつかむと持ち前の筋肉を生かして捻り返す。私に接触している以上、ニンゲンという形からは大きく脱却できない! 首から彼女の手を引きはがし、そのまま足払いをして体勢を崩す! 振り上げられる剛腕! 唸る風切り音! リビングの床にめり込む女性の頭部! 打ち据えられ無残にも砕けるフローリング! あはれ、女性霊は鍛え上げられた筋肉に敗北したのだ!!

 私は追い打ちとばかりに右足踵で女性霊(仮)の頭部を打ち抜いた。

 すると、女性霊(恐らく)はうめき声を上げたと思うとそのまま霧散するように消えていったのです……。

 ああ、怖い。ああ、怖い。私は身震いしました。

 この砕けたフローリングの修理費が怖い……。

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