シェアハウス

鷹野ツミ

シェアハウス

「これより安くなりませんかね」

「あはは……そうですねえ、なかなか……」

「そこをおねえさんの力でなんとか!」

「あはは……」


 不動産屋と俺はこんなやり取りを十回は繰り返していた。きっと面倒臭い客だと思われているのだろう。不動産屋の乾いた笑い声から察する。

 家賃三万が俺の限界だ。だが、広くて綺麗な所に住みたい!ボロボロの部屋じゃ女の子を呼べないから!

 印刷してもらった物件の候補をパラパラと見ながら、親に金を借りるべきかと真剣に考え始めた。


「あの、ここなんてどうでしょうか?シェアハウスになってしまいますが……」

 不動産屋が見せてきた物件はかなり良さそうな印象だった。モデルハウスのような、ホームページのトップ画面にでてくるような、綺麗な一軒家。

「うーん、でもシェアハウスか……」

「こちらの物件、家賃はタダですよ」


 とりあえず内見だけでもするかと、車を出してもらった。

 家賃がタダということは、何かしら条件が厳しいのだろう。そういうの俺はクリア出来る気がしないんだよな、なんてぼんやりしているとバックミラー越しに不動産屋と目が合った。

「きっと気に入ると思いますよ」

 蠱惑的な表情が俺の情欲を刺激した。


 物件は綺麗な住宅街の中にあった。ここら一帯、ファミリー向け感が否めない。

 どうぞと言う不動産屋に続いて、物件に足を踏み入れる。

「……え?ここマジでシェアハウスすか?」

 部屋を仕切られている感じがないし、なんというか良い匂いがするし、女の子の家ってこんな感じが理想だよな、なんて……

「ふふ。私とシェアハウスですよ」

「……え?」

「この広い家に独りぼっちは寂しいんです」

 不動産屋に手を引かれ、リビングやらトイレやら次々と案内された。少々困惑したが、正直このおねえさんと住むのはアリだ。なんかいい感じになってそういうことになったりしたい。しかも家賃がタダ。超優良物件じゃないか。

 二階も、使っていない部屋まできちんと掃除されていた。玄関で感じた良い匂いが強くなった気がする。二階に芳香剤があるのだろうか。

「あれ、あの部屋は見せてくれないんすか?」

 二階はトイレのドアまで全開なのに、奥の部屋だけドアが閉まっていて不自然だった。

「……私の寝室なんですよ。えっと……下着が散らかってまして……ふふ、見たいですか?いけない人ですね」

 不動産屋の潤った唇がきゅっと吊り上がって、小悪魔的な可愛らしさがあった。このまま寝室に飛び込みたいところだが、流石にそれはまずいので大人しく階段を下りた。


 一度店舗に戻り、俺は即住むことを決めた。冷蔵庫の中身も風呂も自由に使っていいということなので、日中は大学をサボって女の子を家に呼ぶこともできるという訳だ。

「住むにあたって、ひとつだけ条件があります」

 不動産屋の真剣な声に少しだけ俺は身構えた。

「私の寝室には絶対に入らないでください。覗くだけでもダメですよ」

「……ああ、分かりました」

 簡単な条件すぎて驚いた。あの部屋そんなに散らかっているのか、もしくは俺と寝る気はないということか、俺に気がありそうなくせに。まあいい。酔わせればそういう流れに持っていける自信がある。

 しかし、覗くなと言われると覗きたくなるものだろう。



 住み始めて直ぐ、俺は寝室のドアを開けた。おねえさんは出勤している為、それはもう躊躇なく。

 芳香剤や香水の強い臭いと共に、錆びたような腐ったような変な臭いが混ざっている。

 そして、目に映ったのは最悪の景色だった。


「絶対に入らないでと言ったじゃないですか」

 振り向く間もなく、俺の意識は遠のいた。

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