ダレカノ痕跡【 KAC2024作品 】【 住宅の内見 】

一矢射的

第1話 部屋に残されたモノ



 じゃあ、次は私の番ですね。

 でも私、あんまり怖い話とか知らなくて。

 この『百物語』って、実際に体験したお話でもOKなんですか?

 あっ、むしろそっちの方がいい?


 それなら、私もいけます。

 話しまーす。きゃは!

 怖がりの副部長を私もウンとビビらせちゃいますよ~。

 もちろん、本当にあった話だから怨霊とかバケモノは出てこないんですけど。

 やっぱし、そっちの方が怪談として怖いと思いませーん?

 なんだか、よくわからないもの。得体の知れない怖さ。

 正体不明の怖さじゃないと、人は心底ゾッとしないんじゃないかなーって。

 それが日本の怪談って奴なんじゃないかなーって!

 意味が判らない理不尽さが感じられるからこそ……ですよね~夏はやっぱり!

 ディスイズ、ジャパン・スタイル!

 えっ、後が押してるから早くしろって? す、すいません部長。

 んじゃ、不肖ワタクシ、始めさせてもらうッス!


 あれはたしか、今年の三月なか頃ぐらい?

 そう、割と最近の話なんです。大学の合格も無事に決まったんで、それじゃあ今度は住む家を探そうかって話になって。近くに一人暮らしが出来る格安のアパートかマンションはないかなって、パソコンで調べてみたんですね。ネットであれこれと検索していたら、丁度よさそうな物件があったので、そこの不動産屋さんと連絡を取って予約を入れたんですよ。

 ええそう、住宅の内見って奴です。


 それで予約した時刻にお店へ行ったら担当の人が出迎えてくれて。

 いたって普通の優しそうな中年男性で、めっちゃニコニコしているんですよ。

 まぁ、今にして思えば営業スマイルだったんでしょうけれどね。


 その人は……仮にZさんとしておきますね。

 え? Zから始まる苗字って何だよって?

 知りませんよ、ずんだとか、ゾディアックとかじゃないですかね。


 んで、Zさんに案内してもらい、車で現地へ行ってみたら。

 立地は最高だったんですよね。

 日当たりは良好。駅のすぐ近くだし、ゴミ捨て場は綺麗だったし。

 ちょっと歩いた所に大きなスーパーがあって。

 マンションの最上階なので女性の一人暮らしには最適。

 なんでこんな良い部屋が格安なんだろって不思議に思うくらいで。


 ええ、その時点でちょっと嫌な予感はしていたんですよ。


 エレベーターで最上階まで行って、いざ部屋に入ろうとしたら。

 近所のおばさんがこちらをジーっと見ているわけですよ。

 声をかけようとしたら、慌てて部屋に引っ込んでしまって。

 中から鍵までかけちゃう。

 すっごい失礼! 感じ悪いったらありゃしない。


 でもまぁ、そんなことをイチイチ気にしてもしょうがないので。

 Zさんが開けてくれた404号室に入っていったワケです。


 そうするとですね、何だか異臭が鼻をつくんです。

 生ごみが腐ったような、道端に落ちてる動物の死骸が放っているような悪臭……。

 ハッキリ言ってどことなく死臭がするというか。


 Zさんに言ったら、慌てて居間の窓を開けに行きまして。

 恐らくワックスの臭いがこもっていたのでしょう、とか言うんですけど。

 そんなケミカルな感じではなかったと思うんだけどなぁ。


 え? 自分だったらもう断って帰る?

 やだなぁ、副部長ったら。短気すぎますって。

 人生はもっとおおらかに構えていないと。


 そこに誰かが暮らしていたんだから、臭いなんかあって当然ですよ。

 私はそういうの、むしろ好きな方でして。

 言ってませんでしたっけ? 人の痕跡が好きなんです、私。

 例えば、部屋のカーペットに窪みがあったら、ははーん此処にテーブルが置かれていたんだなと判るでしょう? 壁にこすれた跡があったら棚があったとわかる。

 この前、カラオケにいった時も、部長が席を譲ってくれたから彼のぬくもりをシートからお尻に感じる事ができてハッピーハッピーと……へっ、キモイ? 

 ひ、酷いですよ~。


 まぁ、Zさんもそんな私の感性を理解してくれませんでしたけれどね。

 私は古本に誰かの書き込みがしてあったり、シオリが挟んであったりすると、逆に嬉しくなっちゃうんですけれどねぇ。この人、そこがお気に入りだったんだなって判るじゃないですか。

 お気に入りの逆。

 ページが汚れたり、折れたりしていたら、ガックリきますけれど。

 痕跡にはがあるんです。

 それなのに、Zさんったら。


「生憎ですが、でして。清掃業者に頼んで部屋はいつもクリーンに保っていますから。そんな物は見当たらないと思いますよ」


 なぁーんて言うんです。なら臭いもちゃんと消しとけっての。

 マジレス嫌ですねぇ。マジレスマンが許されるのはイケメンだけですって。

 そんなマジレスZの説明によると、この部屋は1LDKの中廊下タイプで、少し手狭ではあるけれど一人暮らしをするなら気にはならないレベルらしくて。

 ひとつある部屋はロフト付きの寝室なんだとか。

 ロフトって夏場は蒸し暑くて、とても寝られないそうなんですけど。

 まぁ、その時はまだ床に布団を敷けば良いかぐらいに思っていたわけです。

 家賃の安さに思いっきりつられていたので。


 それで、まず居間を見せてもらったら。

 なんかねぇ、リビング壁紙が違うんですよ。前と変わっているんです。

 なんでそれが判ったのかと言えばですね、最近はオンラインで内見を済ませる人も増えているらしくてですね~。ヴァーチャル空間に再現された物件を自由に閲覧者が見て回れるサービスがあるんですよ。3Dウォークスルーっていうの? それで事前にこの物件を見ておいたからなんですね。

 それなら、オンラインでもう全部決めろよって話なんですけれど。

 私はホラ、誰かの痕跡を確かめたい人ですから。

 それに、やっぱり臭いとか、周囲の環境ってオンラインじゃ伝わらないでしょう。

 この手のオンラインデータって、出会い系サイトの顔写真なみに修正されまくっているという話ですし。


 そう! 本当に大切な情報は検索したぐらいじゃ出てこない物なんですよ。

 Dちゃんはそこが判ってない。だから……ああ、すいません。

 壁紙の話でしたよね?


 なんで壁紙が違うのかと聞いたら、最近張り直したって言うんです。

 前の住人が退居した後、全面が張り直しになったって。

 オンラインのデータはそれ以前のものだと。


 なんで張り直したんです? そんなに汚れていたんですか?

 そこまで古い建物には見えませんけれど。結構お金かかりますよね?


 そう聞いてもマジレスZは笑うばかりで。

 ただ、世の中には色んな人がいるものですよ。とか言うだけなんです。

 痕跡マニアでも気味悪くなりますよ、流石に。


 もう帰りたいなぁ~と思ったんですけれど。

 せっかく電車賃を使ってきたわけですから。もったいなくて。

 せめて全部屋は見ていこうと思い直したんですね。

 そう、ロフトの寝室はチラッとのぞいただけだったので。

 んでんで、その寝室は玄関のすぐ横にあって。

 踏み込んだら、ロフトの上にベッド、それと室内にテーブルがありました。

 ロフトの下には備え付けのタンスなんかがありまして、収納スペースはなかなかの物でしたね。


 それで引き出しの中はどんな具合かと、タンスをのぞいてみたんですよ。

 当然、中はからっぽ。脱臭剤の匂いしか残ってないんですけれど。


 実は私、変なクセがありまして。

 引き出しを開けると、必ずその裏側を探ってみるというクセが。

 底板の裏側と言った方が正確ですかねぇ?

 なぜそんな事をするのかと言えばですね、実家の母がそこにヘソクリを隠しているのを知っていたからなんです。

 だからつい、他の人も何か隠していないかと調べちゃうんですね。

 まぁ、大抵は何もないんですけれど。この時は違った。


 上から二番目の引き出し。

 その裏側をまさぐった時、私の手は止まりましたねぇ。

 あったんですよ、そこに何かが。

 テープで紙が張り付けてあるじゃないですか。

 ヘソクリではないものの、あからさまに隠されていた物です。これは、Zの前で読むのもアレかと思っていたら……丁度、彼の携帯に電話がかかってきたではありませんか。ナイスぅ! 彼が部屋の外で話し始めた隙を狙って、その紙をはがし、中を検めたんですよ、当然。

 すると、そこには汚い男の字で こう書き殴ってありました。











 『早く逃げろ』って。


 心底ゾッとしましたねぇ。マジレスZの笑顔も、張り替えられたという壁紙も、表で鳴いているカラスのしわがれ声でさえも、それまで普通に思えていた日常が全て不吉で危険をあらわすサインなのではないかと思えてきたんです。


 もちろん、頭のおかしい先住民が残した嫌がらせの可能性もありますけどね。

 私は急いで紙を引き出しの裏に戻すと、何食わぬ顔でZが戻るのを待ち、内見を終わりにしたいと申し出たんです。

 それっきりですね。もう、Zが何を言っても上の空で、這う這うの体で逃げ出してきたわけなんですよ。家賃と収納スペースは魅力的だったんですけれどねぇ。


 ……? ちょっと、なに次の人へ話を進めようとしているんですか!?

 部長、私の話はまだ終わっていませんよ! ええ、まだあるんです。

 ほら、私の友達にDって子がいるじゃないですか。

 そう、私と一緒にオカルト研究会の入部届けを持ってきたお下げの子。

 あの子、最近部室に顔を見せないと思いません?


 Dは住んでる部屋が不満で、引っ越し先を探していたんですよ。

 風呂がついてない上に、隣人が口やかましいとかで。

 それで、私の話を聞いて、そんな家賃なら私が借りるとか言い出して。

 止めたんですけれど。どんな痕跡が残されていようが、私の知ったことかって。

 事故物件の調べられるサイトがちゃんとあるから。

 そこで調べても該当しないから、その部屋では何も起きていないに決まってる! そう言い張るんですね。


 そう言われたら、私には何も反論しようがないワケでして。

 むしろ、それってヤバいのではないかと……。

 私なんかはそう思うんですけれどねぇ。


 ええ、真に大切な情報は検索をかけたくらいじゃ出てこない物なんですよ。

 D子は本当にそこがわかっていないんだから。


 引っ越しが無事済んだ。そう連絡してきたきりで。

 それ以降はどんなメッセージを送っても未読のままですね、ええ。


 警察に通報したのかって? いいえ。

 恐らくもう手遅れなのではないかと。


 向こうも仕事だと言っていましたから。

 もう痕跡はすっかり消されているんじゃないでしょうか。


 ダレカノ生きた痕跡という物は。とてもとても愛おしい物なのに。

 残念ですよ、まったく。

 綺麗すぎるのって好きじゃないんですよね。嘘くさくて。

 汚すぎるのも論外ですけど。

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