内見ガチャ【KAC20242・住宅の内見】

カイ艦長

内見ガチャ

 四月から新しい職場、東北の仙台支社へ転勤となるため、会社が提示した三つの社宅のいずれかに引っ越すことになった。

 私は仕事の引き継ぎを行いながら、時間を作って現地へ飛んで社宅の内見を済ませるよう上司に指示された。そのための有給休暇届はすでに受理されている。会社の都合なのだからせっかくの有給休暇ではなく職務として行かせてほしかったところでしたが。



 新天地の仙台に到着すると、さっそく黒いスーツを来てバッグからスケッチブックを覗かせている女性が待ち受けていた。ヒールは低めで、これから社宅の内見に向かうことになっていたから、動きやすい靴を選んだのだろうか。


「棚田様ですね。お待ちしておりました。私、仙台支社の大岡と申します。本日はよろしくお願い致します」

 大岡さんが丁寧にお辞儀するのに合わせてこちらも自己紹介した。女性の私が見てもうっとりするようなスレンダーな容貌である。


 これからさっそく三軒の内見をするわけだが、問題は勤務先となる仙台支社へのアクセスつまり交通事情である。

 仙台であれば冬には雪に埋もれるだろうから、なるべく近いに越したことはない。まあ最近は暖冬でそれほどの大雪は降らないとは思うけれど、そういう物件はすでに誰かが住んでいると見てよいだろう。


「ちなみに、ですけど、これから案内される三軒から支社へはどのようなアクセスになるのでしょうか」


 大岡さんが明るい声で答える。

「はい、徒歩圏内が一軒、東北新幹線で一駅隣のところが一軒、自家用車で二十分ほどのところが一軒です」

「なにが起きるかわからないから、徒歩圏内の物件がオススメなのでしょうか」


「徒歩圏内だと部屋が狭くなるんですよ。仙台でもさすがに市街地は家賃が高いですから」

 確かに繁華街は便利だし路線地価も高いから、家賃も相応ってことか。そこは東京と同じなんだ。


「じゃあ新幹線とか自家用車とかを選べば通勤の交通費は経費で落とせるんですか」

「あ、はい。それらは会社持ちになりますね。万が一新幹線が止まったときは、タクシー代も経費で落とせますよ」

 なるほど。であれば、適度に離れた場所のほうが住み心地はよいのか。


「ちなみに、ですけど、大岡さんならどこに住みたいですか」

「私は今住んでいるところが気に入っているので、いずれかかは選べませんね」


 どうやら、なにか話したくないことがあるようだ。

 誰かが亡くなっていたり刃傷沙汰になったりした物件でもあるのだろうか。


「ちなみに、その三軒に住んでいた方々は今どうなさっているのですか」

 その言葉に大岡さんが目を見開いた。どうやら核心を突かれたようだ。

「いずれの皆様も任期を全うして本社へ戻られましたが」

 先ほどまでとは異なり、ややぎこちない笑顔に見えた。


 ということは、どの社宅を選んでも実質的な負担は同じ。あとは距離と住居の大きさくらいなものか。

「せっかくいらしたのですから、まずは三つの社宅を順にまわってみましょう。実際に見てもいないのに決めるなんてできませんからね」


 それもそうか。今考えても詮ないことだ。まずは三軒まわってから良し悪しを決めればよいだろう。

「それではご案内致しますので、こちらの社用車へお乗りください」

 そう言って案内されたのは、社名入りのピックアップトラックだった。社用車に違いないが、正しく言えば作業車だろう。



 三軒の社宅の内見を済ませ、私は逡巡した。

「徒歩圏内の部屋は1DKだからちょっと手狭ですね。ただ、会社でなにかあったとき、必ず支社へ顔を出せる利点がありますが」

 大岡さんは私の評価をスケッチブックにメモしていく。


「新幹線で通える部屋は2LDKで部屋も広く、仮に結婚をしたとしてもじゅうぶんでしょう。ちなみに同棲することは可能ですか」

 スケッチブックへ黙ってボールペンを走らせている大岡さんが書き終わるのを待った。

「いちおう単身者用の社宅ですので、会社の人間以外は住めないことになっています。結婚を前提にお付き合いする男性がいらしたら、社宅を出て民間の物件を探してくださいね」


「自家用車で通える一軒家は魅力的ですね。掃除は大変だろうけど、物を揃えても窮屈さを感じない。おそらく一番人気だと思いますがどうでしょう」

「そうですね。社宅の中ではいちばんに埋まっていく物件です」

 すべて書き留めた大岡さんが顔を上げた。


「では、この三軒のうちいずれになさいますか」

「徒歩圏内の社宅ですね」


 私は意を決していちばん狭い1DKの部屋を選んだ。

 ひとり暮らしならこの程度の大きさでもそれほど不便はしないだろう。


「いいんですか。お部屋少ないですけど」

「まあここへは遊びに来るわけではありませんから、客を呼ぶこともないでしょう。であれば、物はあまり置けませんが仙台支社へ確実に通えるところを選ぶべきです。新幹線のチケット代やタクシー代を経費で落とすことを考えると、徒歩圏内の物件は多少家賃が高くても他の手段の交通費を織り込むといちばん安くつきそうですから」

 そこまでの事情をすべてスケッチブックに書き終えると、大岡さんは筆記具をバッグにしまって、代わりに見慣れない小さな筒が私に差し出された。



「棚田様、実はこの内見、査定対象なんです。どこを選ぶかで任せる仕事も変わってくるところでした」

「じゃあ、私が選んだ徒歩圏内の物件だとどうなるのでしょうか」


「会社を第一に考えていると評価されて、重役待遇になります。現在、副支社長のポストが空いていますので、そちらですね。そちらが副支社長の辞令になります」

 と言われて渡された小さな筒を指で示した。筒を開けて中に入っていた辞令を見ると、確かに仙台支社の副支社長への辞令である。

 仙台支社に左遷されたと思っていたが、これでは栄転ではないか。


「ちなみに、他を選んだらどうなったのでしょうか」

 大岡さんは小悪魔のような表情を浮かべた。


「それは秘密です。この査定のことは他言無用でお願いしますね。もし誰かに話したら以後は平社員待遇だと思ってください」


 愛社精神を試される内見と部屋選びとは。もはや人生ガチャじゃない。

 本社も考えたものだが、ブラックな職場という印象がよりいっそう強くなる。


 そんなことを考えていると、彼女の胸に小さなネームプレートが付けられていることに気づいた。




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