第3話 終

 私は、担当さんの腕のなかにいた。


「ダメです! 何があったか知りませんけど。僕の目の前で死なれたら、目覚めが悪いです!! 事故物件にされるのも困ります!!」


 なんて、正直な人なんだ。


 ふつう、こういうときって「死んじゃだめだ」とか、「人生やり直せる」とか、そんなことをいうもんじゃないの?

 私はとことん、運が悪いらしい。

 こんな時に、こんなことをいわれるなんて。

 人生のリセットにも失敗するわけだ。


「あなたが思い詰めていたこと、それはお店に飛び込んできた時から分かっていました」


 なんか、私の頬に……。


 ぽたぽたと……。


「ダメです。僕の目の前で人が死ぬのを見るのはもう……」


 彼は以前、結婚していたそうだ。

 大好きな彼女だった。

 幸せな結婚だった。

 でも、転勤続きの自分に必死についてきてくれたけど、彼女は環境の変化についていける人ではなかった。忙しさにかまけてそれに気付けなかったこと、気丈な彼女の笑顔の裏を見ることが出来なかったことは今でも悔いている。


 忘れられない。

 忘れたくても、忘れられない。


 あなたの顔は、あの時の彼女と同じだったから。


「僕もね、ここに来たんですよ。なにもかもいやになって。でも、ここの景色を毎日見ているうちに、それこそ何となく。何が変わったわけでもないですけど。ただ、時間だけが過ぎていて。それでいつの間にか、僕はこの島に住むようになった。ここで働くようになった。僕を癒してくれたここを、悲しい場所にはしたくないんです」


 私は泣いた。


 ギャン泣きだった。


「生きてください。何があったか知りませんし、聞きません。でも、あなたが話したいとなれば、僕は聞きましょう。僕にはそれくらいのことしか出来ませんけど。時間をかけて、ゆっくり聞きましょう」


 担当さんの名前、そこで初めて聞いた。

 ううん。もちろん、このマンションへの内見へ行くときには名刺ももらっていたけれど、それはその時は見ていなかったから。

 名刺、どこにしまったっけ?


「私は太田原おおたはらといいます。落ち着いたなら、この部屋をお貸しします。変な気を起こさなければ、ですけどね」


 もう、その気はなくなっていた。

 だからこそそんな冗談も太田原さん、今の上司なんだけれど、あの時は笑ったんだろうなあ。


 今、私はあの部屋に住んでいます。

 仕事もまじめに勤めています。


 そういえば、あの占い師のばあさん、捨て台詞みたいにいっていたなあ。


「南に行きな! 場所を変えるんだよ! 人間、同じところにずっといるから凝り固まることもあるんだ!! 占いってか、忠告だよ。喜べ!!」

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