まだ事故物件ではない家

こうちょうかずみ

まだ事故物件ではない家

「こちら、1Lながら窮屈さを感じさせない広い空間が特徴的でして」

「確かに、間取り図で見るよりも広く感じますね」


 こういう仕事をしていると、老若男女様々な人に出会う。

 時にはちょっと仕事がしにくいなと思うことも。

 だが――。


『ねぇねぇこれちょっと風呂狭くない?』

『うわっ、無駄に二口コンロとかついてる』

『これ、結構壁厚いんじゃない?』

『フローリングつるつる~!』


 これは多すぎじゃないか?


 思い思いのことを口にする少女四人。

 その体は透けていた。


 どうやら自分は“視える”タイプらしい。

 それは俺が不動産屋に就職してどんな仕事を覚えるより、真っ先に気づいたことだった。


 いわゆる事故物件。

 そんなもの、あまりないのでは?と思うかもしれないが、なぜか“視える”俺に限って扱うことが多いのだ。

 だから、霊の一人や二人居たとしても、もはや驚くことはないのだが。


 改めて今日の客に目を向ける。


 内見に来たのは若い男一人。

 その周りには半透明の少女が四人、ふわふわと。

 ここ確か、事故物件じゃなかったはずなんだけどな。

 ということは、この人に憑いているってことか?

 いや引き連れすぎだろ!

 まぁかなりイケメンではあるけれど。


 どうやら憑かれている当の本人は“視えない”タイプの人間らしい。

 周りでどれだけ少女たちが騒ぎ立てようが、全く気にする素振りも見せず、部屋の内見に勤しんでいる。


「やっぱりいいですね。築10年にしてはまだまだ綺麗だし」

「えぇ。壁紙などはすべて張り替えを済ませてありますので、新築に近い状態でご提供させていただけます――」

『天井たかーい!』

『いいんじゃない?この人、背高いし』

『おっ!梁も太い』

『壁ざらざら~』


 うるさいなぁ。

 おかげで自分の声がかき消されるんだが?

 というかさっきから一人、内見とは関係ない感想言ってるやついないか?


 霊の声に振り回されていても、仕事はしなければならない。

 一刻も早く終わらせて解放されたい。

 どうやらお客さんの感触は良さそうだし、あともう一押しか?


「ここ、ベランダ出られるんですよね?」

「はい!どうぞ実際に開けてみてください」


 そう言うと、客はガラガラとベランダを開けた。


「へぇ。これなら洗濯物も干せそうだ――あ、目の前高校なんですね」

「えぇ、女子高で。この辺治安は良いんですよ?あぁでも、最近は隣町で女子高生を狙った切りつけ事件があったとかで、パトロールも強化されてますが――」

「ここにします」


 どうやらベランダが決め手になったのか、客は早々に心を決めてくれたようだ。


「ありがとうございます!」


 良かった。これ一軒目なのに、決断の早い人で。

 このまま霊に妨害されながら何軒も回るなんて、精神がすり減らされるに決まっているからな。


「では、一度店のほうに戻りましょう。詳しい契約などはそちらで――」

『ねぇねぇ不動産屋さん?』


 耳元で聞こえたその声に、思わず足が止まる。


『もしかして、“視える”人?』


 見るとそこにはにやりとした笑みを浮かべた一人の少女が浮いていた。

 まずい。反応してしまった。

 案の定、少女の目がキラリと輝く。


『やっぱり!なんかそうなんじゃないかって思ったんだよね。ほら、私たちが喋っているとき、ちょっと嫌そうな顔してたし』


 それがわかっているなら話してくれるなよ。


 そう内心思いつつもこれ以上絡まれたくもないので、俺は無視を決め込むことにした。

 というかこの子、確かさっきまで能天気に床をつるつる滑っていた子じゃ――。


『いい物件を紹介してくれてありがとう!おかげでようやくあの人をよ』



 え。


 一瞬聞き間違いかと思い、俺は自分の耳を疑った。

 なにせ、目の前の少女はこんなにも満面の笑みで――。


『いいよね、この梁と天井。いけるじゃん!“首つり”』

『ここ二階かぁ。“落下死”は無理だね』

『風呂も狭いし“溺死”は難しそう』


 なんだ?なんなんだ?これ。


 よくよく見ると、他の少女たちも物騒なことを呟きながら、部屋を内見しているではないか。


 唖然としてその場に立ち尽くす俺の脳裏にそのとき一つ、疑問がよぎった。


 待て。この子たち、一体何歳だ?


 ――あぁでも、最近は隣町でを狙った切りつけ事件があったとかで、パトロールも強化されてますが――


 刹那、血の気がサァっと引いていくのを感じた。


 いや、あの事件で殺された被害者は誰一人いなかったはず。

 でも犯人も捕まっていない。

 だとすると目の前にいるのは死んだ霊じゃなくて――生霊?


「――さん?」


 その声にはっとして後ろを振り向くと、突然静止した俺を不審に思ったのだろう。

 怪訝そうな顔をした客が玄関扉を開けて待っていた。


「どうかされましたか?」

「あ、いや、いえ――」

「早く戻りましょう。この家、すごく気に入ったので」

『不動産屋さん、いい部屋見つけてくれてありがとう!』


「――ありがとう、ございます」


 キラキラとした顔を見せる男と少女たちを前に、俺はそれしか言うことしかできなかった。


 俺の不動産人生で、『これから事故物件になる家』を売ったのは、後にも先にもこれだけだ。

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