違くてー、お題が難しくてー、

清泪(せいな)

私はプライベートでコスプレイヤーをやってる美人──

 変な客が来た。


「あ、いや別に借りる気は正直無いんすよ、オレ金無いんで」


 駅からそれほど離れてなく、徒歩数分のところにコンビニがあり、一人暮らしにはお手頃なお家賃で。

 好条件として挙げれる要素が数多くある、そんな「今契約するのが絶好のチャンス、明日には別の方がもう契約してしまうかも!」、と嘘偽りなく言えるマンションの一室で、内見が始まってから打ち明けられた。

 マニュアルに載っている説明項目を三分の二も終わらせた所で、だ。


 変な客が来た。

 不動産仲介業者なんてものをやっていると度々変な客に遭遇する。

 いやきっとこれは、不動産仲介業者に限った話ではなくサービス業なら付き物の話なのだろう。

 なんなら憑き物と書き換えてもいいと思う。


 変な客が来た。

 プライベートでは趣味でコスプレイヤーをやっている私は、記事にも度々取り上げられるほど容姿端麗で、それを謙遜することもなく胸を張って生きている。

 オタクが好きになりそうなコスプレしてない時はメガネ陰キャ女子というギャップ萌えを私は選択せず、職場でも容姿端麗キャリアウーマンであろうとしている。

 なので、そんなキレイめで色気もある私に対してアダルトビデオで学んで来た知識で二人きりになる内見時に痴漢行為に走ろうとする輩もいたが、そういうのは容姿端麗文武両道たる私が軽く蹴り飛ばし警察に突き出した。


 変な客が来た。

 ミシュランガイドの真似事みたいなのをやりたいのか、物件クイズを突然やりだし自身のブログにレビュー記事を書こうとする輩がいた。

 事前に店舗内で説明したことと内見で説明するマニュアルをリストにまとめコピーして渡して帰らした。


 変な客が来た。

 動画配信でバズりたい、と合言葉のように繰り返し事故物件要素をとにかく探してる輩がいた。

 ならそもそも事故物件を検索してから来てくれと追い返した。


 変な客が来た。

 将来二人でここに住んだならどんな幸せな日々が待っているのだろう、と数々の妄想を舞台台詞のように語り合うカップルがいた。

 気が済むまで語らして、帰した。


 変な客には慣れている、慣れたくはなかったけど、慣れている。

 だから、借りる気は無いと言い出す客にも平常運転で、とりあえず契約へと進めるためのマニュアルをこなすだけだ。


「今度、小説のある企画のお題なんですよ、住宅の内見」


 私は成立しようも無い契約についての説明をしているところだが、男は我関せずとそう話し出した。


「はー、お題ですか?」


 興味は無くても客は客、無下にして後からクレームを入れられて怒られるのは私。

 やるだけやった、というところまで辿り着かなければ営業努力不足の判子を押される。


「住宅の内見、って難しくありません? あ、いや、不動産の方には簡単なのかもしれないか。実はオレ、生まれてこの方引っ越しした事ないんすよ。今も実家に住んでましてね。だから、内見ってやった事なくて。で、ネタが全く思い浮かばない」


 返事の良い口数の少ない男性だと、来店以来そう印象に残っていたのだけど、どうやら内見にまで事を進めるために押し黙っていただけらしい。

 あと、興味は無いですよ、という表情を全面に出しているのだけれどそれに気づかない辺りコミュニケーションは不得手のようだ。


「あ、そういや、質問良いですか?」


 男はそういうとスマホを取りだし何やら画面に映すと、こちらの否応無しに質問を開始した。

 どこかのネット記事にでも載ってそうな、《一人暮らしを始める前に引っ越す物件で聞いておくこと》をつらつらと並べていく。

 お前その質問さっき説明しただろうが、取材する気なら話聞いとけや!、と脛を蹴りたくなったが私は堪えて質問を止めるよう注意しながら、一応答えていく。


「うーん、なるほどなぁ。こんな感じかぁ」


 私の注意を聞くことなく記事に載っていた質問を一通り終えた男は、それでも何か不満げに首を傾げている。

 どうした?、という疑問より、早く帰らねぇかなコイツ、という苛立ちがスゴい。

 ものスッゴい。


「いや、あのね、やっぱりお題が難しくてネタが浮かばないんすよねー」


 知るか、と鼻頭目掛けて拳を突き出したくなるが必死に堪える。

 いや、鳩尾を思いっきり殴ってみてもいいんじゃないかとも思ってる。

 私より背の高い男の顎先を突き上げてやるのもいいかもしれない。

 股間を蹴る、という手法はつまらない。

 女だから男の急所を狙わざるを得ない、とか思われるのは癪だ。

 舐めた態度を取っているのだと徹底的にわからせる程の暴力を──。


「あ、お姉さんのことネタにして良いですか? 美人不動産屋さんって、何か話発展しそうだし」


 プライベートではコスプレイヤーをしている私は、カメラを持った男女に囲まれることも多く、その中でネタなんて言われるとまたセクハラかと 敏感に反応してしまう。

 下ネタをコミュニケーションの一環だと捉えてる人間は脂ぎったオッサンだけとは限らない。

 掲示板育ちの人間なら、セクハラ挨拶をウケるキモネタとして使う奴らも一定数いる。

 でもこの男は、書き物をするタイプの人間。


「ギャラ、出ますか?」


「へ? あ、いや、オレ、金無くて」


「そこで、じゃあ今度食事でも、と誘えないのがしょーもない」


「しょーもないって。いやいや、じゃあ今度しょく──」


「嫌です、お断りします」


 キッパリとした拒否に、男は何コイツ?という表情を浮かべる。

 こっちのセリフだが?


「お客様、今回の契約は難しい、ということであればここまでで内見の方を終了させて頂きます」


 マニュアル処理はともかく、時間的には充分経った。

 もういい、これ以上は手が出る。


「あ、そうっすね。ごめんなさいね、変な感じにしちゃって。これも取材ってヤツなんすよね、創作にはかかせない。オレの作品の為にご迷惑おかけしました」


 何、コイツ?

 何、コイツ?

 ホント、何、コイツ?


「ああ、その作品? 良いお話になって書籍化とかされたら良いですね。何かの小説賞ですか? 賞金百万円とか?」


 創作に酔ってらっしゃるタイプはコンテストやら先の話を突きつけると胸に刺さる、と聞いた事がある。

 殴れないままはスッキリしないので、一刺ししておきたい。


「いやぁ、そんな大きな賞とかじゃないんすよねー。狙うは皆勤賞っすかね、文字数書けたらワンチャン1000円相当ってとこですかね」


 笑って話す男性に、私はドン引きを悟られないよう顔を逸らした。


 変な客が来た。

 住宅の内見を学ぶ前に、他人に迷惑をかけない取材方法を学んで欲しいと心から思い、私は玄関のドアを開けた。

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違くてー、お題が難しくてー、 清泪(せいな) @seina35

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