冒険者の家探し

猫野 ジム

冒険者の家探し

 俺は不動産屋に勤務している。いつもとは違って今日は予約が入っていないから暇だった。忙しいのは嫌だけど、暇なのもこれはこれで辛いものだ。

 あまりに暇なので目を開けたまま眠れるかというワケの分からん実験をしていると、一人の男性が店内へ入って来た。


「あのー、家探しをしたいんですけど、今からでも大丈夫ですか?」


 その男性はおそらく20代で、鉄の鎧を身にまとい腰には剣を携えている。冒険者で間違い無いだろう。


 冒険者とは、各地に点在するダンジョンの探索を生業とする職業だ。ダンジョンの存在理由など未だ不明なことは多く、中には魔物が巣食う。

 当然命がけだが、冒険者にとっての会社のような役割である冒険者ギルドからの報奨金などがあるため、その分収入はケタ違いに多いといわれている。


「大丈夫ですよ。こちらへおかけ下さい」


 俺と男性は机を挟んで向かい合わせに座った。


「どのような物件をお探しでしょうか?」


「僕、冒険者なんですけど今住んでいる所はギルドから遠くて、すごく不便なんです。移動魔法なんて使えないし、毎回乗り合い馬車なので時間とお金がかかって仕方なくて。ギルドから近い物件はありませんか?」


「そうですねー、これなんていかがでしょう。ギルドから徒歩5分、自宅に修練場も完備しておりますので、魔物と戦うことなく己を磨くことができます。部屋数や広さも申し分ございません」


「おお、いいですね! でも、予算があまり無いし一人暮らしなんです。もう少し安い物件をお願いします」


 冒険者だからといってみんながお金に余裕があるわけじゃないようだ。


「ではこちらはいかがでしょう。ワンルームでギルドから徒歩15分です」


「うーん、普通ならそこに決めるんでしょうけど、予算がなぁ。僕、冒険者といっても駆け出しなので収入が特に不安定なんです」


「そうなんですね。それではこちらのマンションはいかがでしょう」


 そう言って俺はとあるマンションの一室を提案した。


「えっ!? ここ凄くいいじゃないですか! 何でこんないい部屋がこんなに格安なんですか?」


「実はですね、以前に住まわれていた方はベテラン冒険者だったんです。でも、無断で3ヶ月も家賃を滞納したんですよ」


 俺は落ち着いた口調でさらに説明を続けた。


「それで冒険者ギルドに問い合わせたところ、とある依頼を引き受けダンジョンに向かったまま、達成の報告はおろかギルドにも3ヶ月ほど顔を見せていないし、誰も見かけていないということでした」


「それってつまり……」


 目の前の若い冒険者が不安そうに聞いてきたので、俺はなるべく恐怖感を与えないように答えた。


「おそらくは、そういうことでしょう。そして規約で家賃の滞納が続くなら同意無しでの契約解除ということになっておりますので、空室になったのですがその後の入居者様がみんな1週間もしないうちに解約されるんですよ。冒険者ではなかったですけどね。その部屋は『出る』ということでしょうね」


「それでこんなにいい部屋なのに格安なんですね……」


「いかがでしょうか? ご希望なら今からでもご案内できます」


「そうですね、見るだけ見てみます」



 そして俺と若い冒険者は例の部屋へと到着した。


「僕、住宅の内見は初めてなんですけど、実際に見るとワクワクしますね!」


 目を輝かせた冒険者はその日のうちに、この部屋と賃貸契約を結んだ。それを上司に報告すると、


「今度の入居者は何日もつんだろうな。今までにも何人かがあの部屋で契約したが、不気味な声がするだとか、勝手にドアが閉まったりだとか、挙げ句に鎧を着た男が壁から壁へ通り抜けていっただとかで誰もが1週間も住めずギブアップした部屋だぞ」


 と、半ば呆れた様子だった。


「直接あの部屋で何かあったわけじゃないですけどね。それでもきちんと伝えましたし、お客様が決めたことですから。確かに少し頼りない印象ではありましたが」



 それから3ヶ月、あの若い冒険者からの家賃の滞りは無い。住み続けているのだろうか。


 ある日のこと、仕事で冒険者ギルドに立ち寄った時、不意に声をかけられた。声の主はあの若い冒険者だったので、俺は気になっていたことを聞いてみた。


「お久しぶりです。あの部屋での生活はいかがですか? 紹介しておいてなんですが、怪奇現象が起きたりしていませんか」


「そうですね。確かに『出る』部屋でした。でも僕、冒険者なのでゴースト・スケルトン・ゾンビなんかを見かけることは日常茶飯事なんです」


 慣れってことなのか? 図鑑でしか見たことないけど、スケルトンなんて丸っきり骸骨だもんな。普通の人間の姿をしているだけ随分マシなんだろう。


「確かに初めはビックリしましたけど、化けてあの部屋に出ていたのは、自分が負けてしまった魔物についての注意をギルドに伝えてほしかったからで、でも実体の無い体を上手く動かせなくて結果的に入居者を驚かせてしまったそうです。

 それに、冒険者としての知識や経験が豊富で、今じゃ僕の師匠なんですよ」


 なるほど、冒険者を続けられる人はしたたかなんだと俺は賞賛した。




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