第3話 ヒューレット・グレイヴという男
第五王子付き侍従、ヒューレット・グレイヴの第一印象は最悪だった。
先だっての婚約顔合わせでベルナデッタを案内したこの男は、紹介もそこそこに一人さっさと(恐らく臭いから)避難していたのだ。
こんな男が身の回りの世話人では、デイビッド殿下も苦労しているに違いない。
腹も立つが、しかしデイビッド殿下にはこの男一人しか付けられていない以上、ベルナデッタもこの男を頼るしかなかった。
良家のボンボンであろうグレイヴは、涼しい顔でベルナデッタの前に立っている。
そのツラがご令嬢に騒がれそうなイケメンなのがまた憎い。
しかも、この男は珍獣でも見るような目でベルナデッタを見下ろしていた。
「なにかご用でしょうか?」
ベルナデッタは心の中でぐっと拳を握って、ついででイケメンに一発ぶちこんで気合いをいれた。
「いくつかお尋ねしたいことがございます」
「はい、なんなりと」
「ではさっそく。デイビッド殿下のご生活のご様子を知りたいのですけれど、会計についてはグレイヴ様が管理していらっしゃいますの?」
グレイヴの目がすっと細められる。
「ええ、はい、私が管理しております」
「では、帳簿を見せていただいてもよろしくて?」
迷う気配を見せたのは一瞬で、グレイヴは怜悧な顔で頷いた。
「かしこまりました」
執務室へ案内されたベルナデッタは、部屋へ入るなり顔をしかめた。
品のよい調度で埋め尽くされた部屋。ほのかにマホガニーの甘い香りが漂うとなれば、この部屋へ殿下は足を踏み入れていないとみて間違いないだろう。
「今年度のものでよろしいでしょうか」
あっさりと重い帳簿を手渡された。
どうぞと椅子まで勧められ、ベルナデッタは表紙をめくる。
「…………」
実のところ、ベルナデッタは帳簿の見方など分からない。そういう教育は受けてこなかった。見たところでなにが分かるでもない。
それでも、この男をつついたら、なにかしらの反応を見せるのではないかと思っていた。
「この帳簿は殿下も見ていらっしゃるの?」
「いえ、殿下はご覧になられません。一任されております」
「まあ。グレイヴ様はデイビッド殿下からとても信頼されていらっしゃいますのね」
「はい。殿下から、少なくともアシュトン侯爵令嬢よりは信用されているかと」
すらりと嫌みを吐かれた。
そしてこれは、舐められている。ヒューレット・グレイヴはベルナデッタ・アシュトンをベロベロに舐めきっている。
ならば、なんとしてでもこの男の粗を見つけ出し、殿下を蔑ろにしていると糾弾しなければならない。
「……毎月ずいぶんと物品を購入しているようですけれど」
帳簿に添えられた請求書は毎月かなりの量がある。消耗品にまじって嗜好品やら宝飾品やら調度品やら、その金額は決して少なくない。
「これはすべて殿下がお使いになってますの?」
そんなわけないとベルナデッタは踏んだ。第五王子宮の一部しか見ていないが、綺麗に飾られた部屋などこの部屋ぐらいなのだ。
「ああ。そちらですか」
グレイヴは軽く頷いた。
「それは適当に購入したことにして裏金化した資金を私が投資運用することで利殖しております」
軽くとんでもないことを言った。
「なん!?」
「それらの裏資金に関しましては、こちらに裏帳簿がございます」
どうぞ、と渡された帳簿は相変わらず見方がさっぱり分からないが、とにかくなんだかとんでもない額の数字が書かれていた。
「このまま結婚されましたのちは、アシュトン嬢がお好きにお使いいただいて構いませんが、第五王子が無駄に資金を保有していると知られてもよいことはありませんし、裏帳簿のまま運用されることをおすすめいたしますね」
なんだってこんなことになっているのか分からないし、なんでそんな話をベルナデッタへ簡単に話すのかも分からない。
「なぜって。アシュトン嬢には是非ともデイビッド殿下とご結婚していただきたいからです」
グレイヴは淀みなく答える。
「デイビッド殿下が無事ご結婚し領地へ行かれるまで侍従を勤めあげることと引き換えに取り立てていただく密約がありますので」
最悪だ。
「……そうですか。いやですわ、てっきりわたくし、グレイヴ様が横領でもしているのかと思ってしまいましたの」
「まさか。私はこのようなはした金で将来を棒に振るほど愚かではありません」
せめて嫌みを返してやろうと思ったのに、ただただ心外という顔をされる。
「人の金でするマネーゲームは大層面白うございましたし」
いけしゃあしゃあと続けた。
「お金で幸せは買えませんが、ないよりは幸せに近いでしょう?」
第五王子付き侍従、ヒューレット・グレイヴは有能な最悪だ。
醜い王子と妖精の子 たかぱし かげる @takapashied
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