いとしの彼女と同棲生活

甘宮 橙

第1話

 僕は恋をしてしまった。名も知らぬ君に……


**********


「どうです? こちらの物件? お勧めですよ」


 胡散臭い男だと思った。

 マンションの内見に同行してもらったこの男だが、中肉中背、身長は170cm程度、横分けのヘアスタイルに能面のような作り笑顔で僕に語りかける。

 つまりはこれといった特徴のない面白みのない男なのだ。


 そしてこの物件。あまりにも安すぎる。相場の半額以下になっているのだ。欠陥か、あるいは? その理由を知るために内見を頼んだのだ。


「けっこう綺麗ですけど築何年ですか?」

「築7年ですが使い方もいいし、もっと短く見えるでしょう?」

「天井にデザイン的な梁も出ていて、わりとおしゃれですよね」

「ええ、若い人に人気のあるデザインです」


 カーテンを開けて外を眺める。目の前には大きな建物もなく景色も悪くない。眼下の通りに目を落としていると、男がいかにもといったような営業スマイルで話しかけてきた。


「窓から筑波山が望めます。日当たりも良好ですよ」

「水回りとかに問題は?」

「ご覧になりますか? 全く問題はありません」


 男の説明通り水回りには何の落ち度も発見できなかった。つまり欠陥住宅ではないということだ。


「ここは事故物件ですか?」


 口を割らない男にしびれを切らして単刀直入に質問すると、しぶしぶと言った感じに白状をした。

 女性が梁にロープを掛けて首を吊ったそうだ。発見が遅れて、その死体は数日放置されていたと言う。


「出るんですか? 何か?」

「いえいえ、そんな非現実的な話は聞いたことがありません。ただ、いたずらな噂が流れて買い手がつかなくて」

「分かりました。契約します。こんなお得な物件はありませんから」

「さ、さすが現実的でお目が高い!」



**********


 勤務先の秋葉原からつくばエクスプレスで1本。とはいえ仕事帰りはクタクタで「飲み屋で一杯引っ掛けて」なんて気にもなれない。何しろつくば駅を降りてから15分は歩かなければならないのだ。

 会社と自宅を往復するだけの日々。心の清涼剤が欲しい。


 いつもの通りをいつものようにとぼとぼと歩く。運命の出会いだ。何気なく見上げた綺麗な3階建てのマンションの最上階にその少女を見つけた。

 まるで童話のように窓辺にたたずみ、じっと夜空を見つめる少女。彼女は星を見ているのだ。僕が気づきもしなかった美しい星達を。

 疲労した心に、いつの間にか絡みついていた重しが、すっと取れた感覚があった。

 一目惚れ。


僕は恋をしてしまった。名も知らぬ君に……


 次の日も、また次の日も彼女は星を見ていた。そして、窓の下からその光景を眺めるのが僕の楽しみになっていた。


 だが出張明けのある日、いつものように通りを歩くと、マンションのその部屋は空き家になっていた。気になって調べてみると、空き部屋は相場の半額以下なのに契約がない。どうしても事情が知りたくて内見を頼んだのだ。


 そして、知った。彼女は星を見ていたのではなく、首を吊っていただけだったのだと。


**********


 そして今は、憧れの彼女と同室だ。僕に霊感があればあるいはと悔やまれる。

 だが、死んでしまった彼女を永遠に生かす方法を思いついた。それは都市伝説として僕の知る彼女の記憶を永遠に残すこと。


 ブラウザを立ち上げ、都市伝説系で一番影響力のあるネットの掲示板に書き込みをいれる。

タイトルは「星を見る少女」

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