コーポ川村301号室

桔梗 浬

301リダイレクト

「ここに決めます!」

「えっ?」


 ここは不動産屋の店内。担当の桂川 保は、捨て駒に見せた物件を即決した客に、思わず驚いた声をあげてしまった。


「内見はされますよね? 他にもおすすめはあるので、ご覧になってからでも…」

「でもこの物件、安いし最寄り駅から徒歩圏内でしょ?」

「ま、そうですが…築年数が」

「僕、そういうの気にしないから」


 桂川は困っていた。自分で案内してるくせに不安がつのる。


「実は、ご案内しておいてアレなんですけど、昨年オーナーが代わりましてね」

「事故物件ってこと?」

「可能性は…」


 客は少し考える仕草を見せた後、桂川にニヤっと不適な笑みをみせ、こう続けた。


「面白いじゃん! 僕、動画配信やってるんだよね。そっちの話も面白そうじゃん? それに…ぶっちゃけこの広さでこの家賃、敷金礼金0は超魅力的だよね。僕、お金貯めてから良い部屋に引っ越したいわけ」

「はぁ」


 この客、ヤバいんじゃないか? と店内のスタッフたちも顔を見合わせる。


「それでは、契約証をお作りしますね」


 こうして『コーポ川村』に新しい入居者ができた。



※ ※ ※


「いい部屋じゃないか!」


 『コーポ川村』の新しい住居人、藤井寺 隆之介は、新しい部屋に満足していた。

 キッチンに8畳のフローリング。リフォームは完璧だ。風呂は追炊式、トイレ別、洗濯機も室内におけるスペースがある。これで4万は安い!


 気になることがあるとすれば、ここ301号室は洋室の角部屋だというのに古い押し入れと、反対側の窓に分厚いカーテンがある事ぐらいだろうか…。


『お隣のマンションと隣接してまして、窓が向き合っているのです。近いうちに窓を塞ぐ工事をしますんで、それまでは決してカーテンを開けないでください。それが契約の条件なんです』


 隆之介は桂川の説明に頷いた。


『もし開けたらどうなります?』

『契約違反になりますので、即退去頂くことになります』

『見るなと言われると気になるな』

『ははははは、そうですよね。ま、確認されたい場合は、建物の外からご覧ください。では、何かありましたら、当社のサイトのお問い合わせから24時間オペレーターがいますのでご連絡を。あ、もちろんお電話でも』


 そういうと桂川は、鍵を渡した。


 それが1週間前のことだった。


 隆之介はやはりこの分厚いカーテンが気になった。なので引っ越し当日に、好奇心には勝てず、不動産屋の桂川が言ったように、外から確認をした。

 

 確かに隣のマンションの窓が同じ高さで密接している。両者カーテンを開けたら、部屋の中は丸見えだ。桂川が言っていた通り、1階と2階の窓は塞がれていた。設計するときにわからないものかね? なんて隆之介は悪態をつきながら、部屋に戻った。


 エレベーターが無いので、階段がきつい。ま、4万の家賃を考えれば致し方ない我慢も出きるってもんだ。



 2年後、更新の時期がおとずれた。


 隆之介にメールが届いていた。もちろん、部屋の更新に関するお知らせだ。


「肝心な、更新費用とか家賃の提示がないじゃんか」


 そうなのだ。そのメールには、ただ更新に関するお知らせとお問い合わせはこちらという、不動産屋のURLだけがついていた。


「なんだよ。自分で調べろと?」


 隆之介は、ぶつぶつ言いながらもURLをクリックした。


 なんてことはない、不動産屋のWEBサイトがパソコン上に広がった。


「どれどれ。めんどくせーな」


 隆之介は、カチカチマウスを操作する。次々と表示される物件。


「へー、パソコン上で内見出きるんだ」


 隆之介は時間を忘れ、いろいろな物件を見てまわる。次の動画の配信ネタにしても面白いかもと思いつつ、カチカチする。


「うん? 『コーポ川村』ってここだよな」


 『コーポ川村』にも内見マークがついていた。


「301号室? ここじゃないか。いい加減だな、更新してないのかよ」


 パソコンに浮かぶ『301号室内見』の文字。隆之介の好奇心が「見てみようぜ」と言っている。


 カチッ。


 ボワンと音がして、画面いっぱいに見慣れた301号室のドアプレートが表示された。


 カチッ。カチッ。

 次々とクリックをしていくと、それに合わせてドアが開き部屋の中が写し出されていく。トイレ、風呂、キッチンの水回りも、拡大して細かく確認することができた。


「スゲー!」


 そして隆之介の好奇心がマックスになる。体中の血液が一気に駆け巡るような感覚だ。


「窓が…」


 画面の中のカーテンが少し開いている気がする。拡大すればどうなっているかがわかるかもしれない。


 隆之介はクリックするか少し考える。カーテンを開けたが最後、契約違反で即退去と言われている。

 でもこれはバーチャル。実際にカーテンを開けた訳じゃない。そう自分に言い聞かせる。


「どうせ分かりっこないさ」


 ドックンドックン。耳から心臓が飛び出しそうだ。


 カチッ。




※ ※ ※


 ドンドンドン。


「藤井寺さん! 天偉不動産の桂川です!」


 ドンドンドン。


「藤井寺さん! 開けますよ」

「またですか…」

「またですね」


 鍵を開けて中に入ると、301号室はもぬけの殻、荷物も人が住んでいた痕跡もなくなっていた。


「藤井寺さんは長く持った方ですね…」

「誰も好奇心には勝てないってことだね。でも、桂川くん。WEBページにトラップ仕込んだでしょ?」

「あ、ばれました?」

「ま、いいけど。あちら様も次の転移者を首を長くして待ってたからね。良い仕事するなー桂川くん」


 桂川たちはニヤニヤしながら、301号室に鍵をかけ事務所に戻る。



『おーーーーいっ。出してくれーーっ! 僕はここにいる! おーーーいっ!』


 厚いカーテンの向こう側から、男の声が聞こえた。



※ ※ ※


 ここは『コーポ川村』301号室。カーテンを開けたが最後、その人物は二度と戻れない、不思議な部屋。


 好奇心に打ち勝つ自信のある方は、是非お試しください。フフフ。



 END

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コーポ川村301号室 桔梗 浬 @hareruya0126

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