バスマット

影神

濡れている訳



「ぷはぁあ、、」



チャポン,



この瞬間。


身体から何かが抜けていく様な、


そんな快楽を味わう。



ようやく帰って来れた感覚。


と、でも言うのだろうか。



この後はビールでも呑んで。


昨日の録画でも見るか。


いや、今日は確か面白そうな番組がやってた気が、、


そんな事を考えながら、身体を癒やす。



慣れない仕事。


慣れない人間関係。



こっちに逃げる様にして引っ越して来て。


家賃が安いだけで選んだ、ボロ家。


「さて、と。」


ザバァ,


曇った浴槽から出る。



「はぁ、、あ」


バスマットに足を置き、バスタオルを取ると。


「あれっ、?」


まただ。


あまり気にしない様にはしていたが。


濡れてないはずのバスマットは、


俺が足を置く前に濡れている。



しかしそんなハズは無いのだ。


バスマットはいつも。小さな洗濯物干しで、


浴室の小さな窓の近くに干してあるのだから。



浴室の窓の外は建物の壁で。


雨が入って来る事もない。


風呂から出て直ぐ。


バスマットは、その場所に干される。



だから。濡れている訳が無いのだ。



「まあ、いいや。」


腹が減った。


テレビも始まってしまう。



今や見たいものは大体見れてしまう。


録画しなくても、見逃し配信やら、


他の有料サービスでいつでも見れる。


プシュ,


だが。やはり。


リアタイで見る事に意味があるのだ。


「間に合った~。」


風呂に入る前にレンジに入れといた弁当を開ける。


「いただきます。」



ひとり寂しい食事。


今の年齢なら結婚しててもおかしくない。


子供だって、それなりの年の子供が居るハズだ。


「あははは。」


しかし、俺にはそんなものは居ない。


そもそも彼女すら居ない。



自分ひとりを支えるのでギリギリだ。


支払いを済ませると、殆ど残らない。


貯金何て無い。


休日に何処かへ出掛ける事も無ければ、


お洒落何て楽しめる金も無い。


「はぁ、、」


流れる旅行のCMを見ながら深く溜め息を漏らす。



何が楽しくて生きて居るのか。



このままずっとこうやって生き続けるのか。



そんな事を出来るだけ考え無い様に。


俺はまた、テレビを見る。



そんな日々を送っていた。



またある日。


「またかよ、、」


風呂から上がると。


バスマットは濡れていた。


「ったく、どうなってんだよ。」


バスマットは風呂に入る前に洗濯物干しから外し。


俺が触って、敷いた。


確かに敷いた時は濡れてはなかった。


それなのに、俺が風呂から出ると。


毎回。既に、濡れているのだ。


「あぁあ!


イラつく。」


身体を拭きながら、ふと考えが浮かんだ。


「そうだ。」


風呂に入る所から、録画すれば良いんだ。


そんな事を考えていた。



今思えば。


どうしてこんな事をしてしまったのか。


どうしてそうしようと思ったのか。



気にしなければ良かったのに。



そう、少し。後悔もしている。



「また忘れちまったよ、、」


風呂に入る前に録画する。


そう頭に入れていたが。


なかなか、出来なかった。


「よし!


明日こそは、、」



ピコン,


「カメラよし!」


俺は風呂に入った。


「ぷはぁ、、」


カメラに何が映るのか。


いや。


そもそも俺は何をしているのだろうか。


そう、ふと我に返って考えた。


「まあ、見れば分かる事だ。」



風呂から出て、温めといた弁当を開け。


ビールの口を開ける。


ここまではいつもの流れだ。


しかし、今日はテレビではなく。携帯を見つめる。


「何か。YouTuberみてえだな。」


自分が、浴槽へ入ると。


バスマットの映像が、淡々と流れる。


後ろでは、BGMかの様に俺の鼻歌が流れる。


「俺ってこんなんなんだな。」



自分の事なのに。


違う所から自分を見ると。


まるで違う人でも見ているかの様な、


そんな感覚を覚えた。



「つまんねーな。」


弁当の残りが少なくなって来た頃。


録画に飽き、早送りをしようとした時。



画面に、足が映った。


「、、。」


俺は思わず息を呑んだ。



何処からかやって来たその足は。


浴室の方へと向いて居た。



「、、嘘だろ。」



この時になってようやく後悔した。



どうしてこんな事をしてしまったのだろうか。



まるで何か悪い事をしてしまった後かの様に。


そんな感情に、ただ。


とらわれて居た。



その足は女の人の足の様だった。


「はぁ!」


自分の声にビックリした。


「何か、撮れてるかなあ。」


呑気な俺は馬鹿を言っている。


その足はその場所にまだあった。


しかし俺にはそれが見えていない様だ。


「はぁあ。」


画面の中の俺は気持ち良さげにしている。


足には、生気が無かった。


まるで、死んでいるかの様に。


「、、、。」


すると。何かが聞こえる。


「腹減ったなあ。」


俺は音量を上げた。


「、、っぅ、ぇ、ぇ。」


「ビール、ビール~」


え??


画面の中の俺には聞こえてない様だ。


俺は音量をMAXにした。



『タスケテ』



その声は、まるで。


すぐ耳元で聞こえている様だった。






























あれ以来。


家で風呂を入る事はなくなった。



「ぷはぁ、、」



女の人が何を訴えて居たのか。


俺には分からないが。


バスマットを敷いていた場所には。


枯れない花が、置いてある。






















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バスマット 影神 @kagegami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ