恋する心は連鎖する
かめちい🐢
恋する心は連鎖する
「寒いね」
そう言ってバス停の隣の席に座っている同じ15歳ぐらいと思われる茶髪のカップルが手を温め合っているのを横目に見ながら、僕はカバンの中から本を取り出し、それを開いた。
季節は冬、ただでさえ寒い日が続く中、今日は雨が降りしきっており一際風が冷たい。本当は本など開かず両手をポケットの中に突っ込んだままにしておきたかったのだが、隣で互いの手を握り、温め合っている茶髪のカップルを横目に、一人で手をポケットに入れて温める自分の姿を想像したら、少し虚しい気持ちになり、本の世界に少しでも入り込みたくなったのだ。
僕は開いた本に目を通す。Aさんという僕の好きな作家の短編集だ。やはり待ち時間に読むには短編がいい。手軽に読めるし、それに本に熱中しすぎてバスを乗り過ごすこともない。実はこの短編集に目を通すのは3週目なのだが、それでも1週目と2週目では味わうことのできなかった何とも言えない感情が次々と僕を襲う。本当に本って不思議だ。
この本の作者のAさんは先日新しい小説を出版した。この季節に合わせたかのようなクリスマスの恋愛小説ということだけは知っている。発売日、僕は大急ぎで書店に走ったのだが、書店に到着した時にはすでに本は売り切れており、僕はその場に跪いたのを覚えている。
流石に手が冷たくなったので、僕は本を閉じ、膝の上に置いたままポケットに手を突っ込んだ。隣の茶髪のカップルは相変わらず手を握ったまま黙っている。その彼らの様子が目に入り、再び僕が本を開こうとしたその時だった。
「あら、その本、Aさんの本じゃない。私も好きなんだ」
僕の背後から声がした。振り返るとそこには、隣町にある名門中学の制服に身を包んだ、美しい黒い髪をした女の子が立っていた。彼女のことを全く知らないと言ったら噓になる。彼女のことは顔だけは知っていた。何といっても僕が行きつけの書店の常連。それにこの美貌だ。いやでも目に付く。それにしてもまさかこんな所で話しかけてくるとは。僕は目の前で起きている情報量の多さに自分の頭がフリーズしたのを感じた。
「はじめまし…て?」
と、僕は彼女に言ったが、彼女は少しあきれた顔でため息をついた。
「いつも会ってるでしょ?あなたがあたしの事を本屋でチラチラ見てるの、気づかれてないとでも思った?」
バレていたのか。僕はこの上なく恥ずかしい気持ちになって顔が熱くなった。しかし彼女はサバサバとした美しい笑顔を僕の方に向けた。
「ねぇ、君、この間書店でAさんの新しい本を買えなくて跪いてたでしょ?」
「見てたの?」
「ええ。人目もはばからずあんなに大げさに落ち込むあなたの姿、少し笑っちゃった」
僕はこの上なく恥ずかしい気持ちになったが、そんな僕の姿にも目もくれず彼女は続けた。
「ねぇ、そのAさんの新しい本のことなんだけど、最後の一冊買ったのあたしなんだ」
「ほんと?すごい!もう読んだの!?よかったr…」
僕は自分の口から出かかった、「その本を僕に貸してほしい」という言葉を無理やり押し込める。
「貸してほしい?」
と彼女は挑戦的な笑顔を僕に向ける。
「そんなことは…言ってないよ…」
僕は素直に「貸してほしい」というのが途端に悔しくなり、ごまかしたのだが、
「顔に書いてあるわよ」
という彼女の一言にしつけられた犬のようにうなだれるしかなかった。
「あなた、あの書店にいつも着てるってことは、家はあの近く?」
「うん」
と、僕は静かにうなずいた。遠くから僕が待っていたバスがやってきた音が聞こえる。
「じゃあさ。よかったら家に来ない?あたしもあの近くだから。例の本、貸してあげる」
「ほんと!?」
「ええ。だからあたしもずっと本屋で君のこと気になってたっていうのは、ここだけの秘密ね」
「え?」
そう言って彼女は、到着したバスに飛び乗った。僕は頭が混乱したが、訳も分からないまま彼女の後を追うようにバスへと乗り込んだ。
◇
今まさに隣で吹き起ろうとしている恋の風に押されるように、茶髪の少年は喉元まで出かかっている言葉を隣に座っている彼女に伝えよう、そう決心した。
隣で自分の手を握っている彼女はあこがれの先輩だ。自分の髪を茶髪にしたのは彼女が茶髪の髪の毛が好きだということを知ったから。今はただ『可愛い後輩』としか見られてないかもしれないけど、少年はその先輩に対して自分の気持ちを伝えたい。その勇気が出なかった。でもさっきの黒髪の女の子だってきっとあの気持ちを伝えるのに勇気を振り絞ったに違いない。彼は確信した。
「先輩、俺、先輩のことが好きです」
と、少年は彼女に伝えた。
恋する心は連鎖する かめちい🐢 @kametarou806
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