百万光年の彼方にて 2

久里 琳

ハヤタの憂慮


 ハヤタははるか彼方の星から地球へやって来た。

 その事実は公式には伏せられているしハヤタも地球人の皮をかぶって地域社会にみごとに溶けこんでいるから周囲の者のほとんどはそうと知らず彼に接している。ごくごく一部の内情を知る者さえともすればそのことを忘れがちだ。

 アキコ隊員もそんなひとりであるらしい。


 先日もなぜだか彼女といっしょにマンションを見に行くことになった。

 この惑星の住人の風習もだいたいわかってきたつもりでいるのだがその基準に従うならば、賃貸住宅の内見にただの同僚が同行するというのは世間一般の規範からいささか外れているようにハヤタには思える。

 だが超エリート部隊である科学特捜隊の紅一点として一分の隙もない仕事ぶりを各界から賞賛されてやまない彼女が誘うのであれば、きっとこれでいいのだとハヤタは半日彼女につきあったのだ。


 アキコ隊員はじつにエレガントに高級マンションを3軒まわったあと、最後の部屋をいちばん気に入ったと言った。

「ここに決めていい?」

 そりゃいいだろう、アキコ隊員がいいのなら。ハヤタ隊員は思ったまま口にした。するとアキコ隊員はあまずっぱい声で言ったのだ。

「ちゃんと考えて。あなたも住むんだから」

 初耳だ。まったくもって初耳だ。ハヤタは驚愕した。

 言葉をなくしておもわずうっかり見つめてしまった。アキコ隊員はほんのり頬を染め、上目づかいで見つめかえした。



「ぶっとんでるなあ。考えも行動もぶっとんでるわ。さすが稀代のアキコ嬢だぜ」

 いつもの居酒屋で同僚は手をたたいて大笑いした。

「冗談じゃねえ」

 ハヤタはグラスをテーブルにどん、と置いて吐きすてた。いきおいで焼酎お湯割りがはんぶんばかりこぼれ、すぐに同僚が拭いてくれた。

「いや、一緒に住むぐらいはべつにいいよ? それだけだったらいいけどあの子、ぜったいそれ以上を期待してるだろ? 信じらんねえ」

「いいじゃん、アキコちゃん。むっちゃ美人だしスタイルいいし。ちょっとぶっとんでるけど総合的にはぜんぜんいいじゃん。うらやましー」

 この同僚はつい最近結婚したばかりなのでアキコ隊員とどうこうなろうという気はないようだが、うらやましいというのはたぶんかなり本気だ。

「あのな」

 とハヤタはためいきをつく。

「おれだってあの子のことは好きさ。でも異星人だぜ? まったく種族がちがうんだぜ?」

 焼酎は五杯目で酔いがもう顔に出ている。超極秘情報をこんな居酒屋であっさり口にするとは情報セキュリティ的に褒められたものではないが、それよりまたくだを巻きはじめちゃったよ――とそっちの方が同僚は気になってしまう。

 仕方ねえなと焼酎のおかわりを親爺に頼む。ハヤタは据わった目を同僚に向ける。

「ほら……おまえんにペットいたよな、イヌだかネコだか」

「イヌだよ」

 同僚はむっとして言う。そこはまちがってもらっちゃこまる。

「愛してる?」

「愛してる」

「それとおんなじ」

 そっぽ向いてハヤタが言う。同僚はながめていたメニューから目を上げる。

「アキコちゃんが?」

「おまえデキる? そのイヌと」

 意味わからん、と同僚は思う。この酔っぱらい星人め。

「そりゃかわいいし愛してるし守ってやりたいって思うぜ? でもだからって〇〇ピーできるかよ」

 酔っている。徹底的に酔ってやがる。これ以上のアルコールは危険と判断し同僚は焼酎のグラスにこっそりお湯を足す。

「デキたら変態じゃん。いや、そんな性癖もってるやつを差別する気は毛頭ないけど、おれはねえの! そんな性癖の対象として見られたくもねえの!」

 それは理屈としてはわからなくはないが、変態あつかいされちゃあさすがにあんまりだと同僚はちょっと思う。アキコちゃんもかわいそうに。あんなにかわいいのに。ちょっとぶっとんでるけど。


 先日M78星雲に出した転属願いの返事はまだ来ない。アキコ隊員が人生を誤らないうちに転属がかなえばいいと、ハヤタは願っている。



(おわり)


 ※ イヌ好きの方ごめんなさい。


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