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蒼井シフト

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 大学で学ぶため、上京した。実家に経済的な余裕はない。というか苦しい。

 不動産屋さんに予算を告げて、安い物件を探してもらう。


「その金額だと、あまり選択肢はないんですよねぇ。

 かといって、女性を治安の悪い所に案内したら、うちの信用にも響くし」


 担当者は、ぶつぶつ言いながら、ファイルを3つ取り出した。

「ご案内できるのは、この3件です。内見されますか?」

「はい。お願いします」


          **


 1件目。いかにも学生向け、という感じの古いアパートだ。

 でも周りは静かだし、大学や商店街にも近くて便利だ。

「家賃は0Gです」

「え、タダですか!?」怪しい。


 ワンルームに入る。

 天井をつき破って、蟹の脚のようなものが1本、ぶら下がっていた。

 怪しい。というよりヤバい。


「このモンスターは、この都市で人間と共存しています。

 毎日、200mlの血液を吸われます。それで家賃がタダなんです」

「毎日!? そんな、体がもたないですよ」

「大丈夫です。吸った血液から、モンスターが必要とする成分を濾しとったら、残りは戻してくれますから」

「そんな循環は嫌だ!」

 叫び声に反応したのか、脚が動き出した。

 逃げるようにワンルームを飛び出す。


          **


「血を吸われたり、刺されたりするのは嫌です!」

「こちらなら、そんなことはありませんよ」

 そう言われて案内された2件目は、2階建ての一軒家だった。

 新築ではないが、綺麗だし、結構大きくて立派だ。


 しかし1階部分は、全てガラス張り。

「この1階部分が賃貸物件です」

「・・・外から丸見えなんですけど」

「そこが重要なのです。

 ここで、着替えたり、裸エプロンで料理したりしてください」

「なぜそんなことを!?」

「そうすると、鍵のない玄関から、通りがかりの人間が入ってきます」

「鍵ないのっ!?」

「その人と一緒に2階にあがって下さい。シャワーを浴びるとか何とか言って、直ぐに1階に降りてくださいね。危険ですから」

「知らない人が入ってきた時点で危険です!」

「2階はもっと危険なんです。うかうかすると溶けるので」

「は?」

「この家全体がモンスターなのです。2階が消化器官になっています。貴方はエサをおびき寄せる役。だからタダなんです。食べ残った服とかも貰えて経済的ですよ」「結構です!」

 内見どころか、敷地にも入らずに、離れた。


          **


「私や誰かが食べられるような物件は嫌です!」

「お金ないのに我儘ですねぇ。

 しかたない、ではこっちではどうですか」


 3件目はマンションの一室だった。

「こちらの家賃は月50G。市価の半額以下ですよ」

「先に聞いておきますけど、なんでそんなに安いんですか」

 担当はニヤッと笑った。

「それはね・・・出るからです」

「出る? それはゴースト的なものが??」

「そうです。いわゆる事故物件という奴ですね」


 気になるが、この金額は捨てがたい。

 私は霊感は全くないから、大丈夫ではないだろうか?

 鍵を開けて中に入る。



 リビングのドアを開けると、

 長い黒髪の女が、ソファーに横たわっていた。

 顔は、死人のように青白かった。


「あの、この方は?」

「幽霊です」

「昼から堂々と出る幽霊がいるか!」


 幽霊は、煙草をふかしながらテレビを見ていた。

「入居者かい?」

「学生さんで。お金に余裕がないそうで」

「それは大変だね」

 ふー、と煙を吹きかけてきた。


「追い払って下さいよ!」

「物理攻撃が効かないので、いかんともしがたく」


 幽霊は、テーブルの上のコップを持ち上げてビールを飲む。

「普通に触っているじゃないですか!」

「向こうからは、こちらの世界に干渉できるんです」


 幽霊が立ち上がった。

 私より、頭一つ分、背が高い。上からじっと見降ろしてきた。

「ふむ。なかなかいいね」


 すると、幽霊の輪郭がぼやけた。

 白い霧になり、口と鼻の中に入り込んできた。

「ひぃぃ!?」

 私は意識を失った。


          **


「どうでしょう?」

「いいね。肺も内臓も。非常に健康できれいな体をしている」

「そうしますと、内見の結果は?」

「完璧だ。ここに住むことにするよ」

「この学生の『管理費』として、月千G頂きます。

 日中の活動は控えてください。誤魔化しきれませんので」

「バレないように上手く使うよ」


          **


 目が覚めた。

「お客様、気づかれましたか」

「あれ? 気を失っていたの?」

 周囲を見回す。幽霊はいなくなっていた。


「なぜか、幽霊はいなくなりました。

 お礼に、月30Gでお貸ししますけど、如何ですか」

「30G! あの、幽霊は、いなくなったんですよね?」

「影も形もございませんね」

「うーんうーん、では、ここにします!」

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