【KAC20242】ゆううつな住宅内見……だったが?

雪の香り。

第1話 カップルの内見。

付き合って一年の恋人である佐夜子が「そろそろ私たち、同棲を始めてもいいんじゃないかしら」と発言したことにより、現在俺たち二人は住宅の内見に来ている。


実物を見ながら不動産屋さんの説明を聞けばそれで十分だろうと、財布とスマホだけ持ってやってきた俺と違い、


佐夜子はしっかり部屋の寸法を図るためのメジャーやメモを取るための筆記具、事前に検索して調べたのだろう内見するときのポイントを印刷した紙の束を持ってきていた。


不動産屋さんが「こちらです」と案内してくれたアパートの一室。

佐夜子はさっそくドアを開閉して建付けを調べていた。


「ちゃんと引っかかりなく動くし、隙間もないわね」


そうつぶやいてA4サイズのけっこうデカいノートにメモしていく。

次はインターホン。


「ちゃんと鳴るけど、カメラはついてないのね。もしここに住むなら、自分たちで購入したドアホンを付けてもいいのかしら。ねぇ、不動産屋さん」


佐夜子が質問すると、不動産屋さんは「今すぐは答えられませんが、内見の後、お客様が気になったすべてのポイントを大家さんに尋ねるつもりですのでどんどん質問してくださいね」とやっぱり手のひらサイズの手帖にメモしていた。


二人は真剣だ。

だが、俺は……同棲でお互いの生活習慣の違いとか、相性を図るということは、結婚を見据えてのことだろうと……少し気が憂鬱だった。


そんな気持ちが態度に現れていたのだろうか。

内見が終わったころ、佐夜子が。


「ねぇ、流伽くんはその……同棲あんまり乗り気じゃなかった?」


俺の服の袖をつまんで、俯きながらそう質問してきた。

ここで馬鹿正直に「うん、そうなんだ」という男はいないと思う。


だが、すべてを押し隠して「そんなわけないよ」と笑えるほど俺は要領の良い男ではなかった。


口ごもった俺に「やっぱりそうなんだ……」とかすかに震える佐夜子は涙声だ。

そんな風に悲しませたくなかった。


結婚の影がチラついたことがちょっと重荷だっただけで、佐夜子のことは好きなのだ。

俺が内心オロオロしている間にも佐夜子は続ける。


「私、流伽くんのことが大好きで、もっと一緒にいたくて、同じ家に住めたら『いってきます』も『おやすみなさい』もメッセージじゃなくて直接言えるしって、良い案だと思って同棲しようなんて……舞い上がって流伽くんの気持ち全然考えてなかった。ごめんなさい……」


ガツンと頭を殴られたような衝撃が俺を襲う。

思わず佐夜子の両肩を手でつかんだ。


佐夜子が顔を上げる。

今にも泣きそうな表情だった。


「違う! そんなふうに謝らせたかったんじゃないんだ。佐夜子は悪くないんだ。俺が……覚悟を決められなかっただけで……」


俺だって、佐夜子が好きだ。

ただ。


「同棲するってことは、結婚を視野に入れたつきあいになる。俺たちだけの関係じゃなくなる。両親や親戚とのつきあいとか、子供とか、それを考えると楽しいばかりじゃなくなるんだろうなって。それで佐夜子のことを真っすぐ受け止められなくなったり、面倒になったりする可能性が生まれるのが怖かったんだ」


佐夜子がハッとしたように目を見開き、じっと俺を凝視する。


「結婚のことまで、考えてくれてたの……?」


呆然としたような声だった。

俺は思わず「え?」と首を傾げる。

佐夜子は。


「私、そこまで考えてなかったわ」


俺は思わず「えぇえええ!」と叫んでしまった。


「だって、同棲なんて、両親に無断ではできないだろ? 当然佐夜子のお母さんやお父さんにも伝える。結婚の約束もなしで未婚の女の子を男と一緒に住まわせるはずないじゃないか」


今度は佐夜子がガツンと殴られたような衝撃的な様子で。


「りょ、両親の許可が……いるわね、そう考えれば」


同棲しようと口にしたそのすぐ後に「内見の予約はいれてあるの!」と報告されて「ああ、もうご両親に俺のこと言ってあるのか。どうしよう」って悩んじゃってたけど、よく考えたら挨拶もしてこない男との同棲を認めるはずないよな。


俺がまだご両親に会ったことがない時点で気づくべきだった。

佐夜子が時折暴走する子だって、俺が一番知ってたのにな。

俺は気が抜けて「ハハハッ」と笑ってしまう。


そしてポンと佐夜子の頭に手を載せて「近いうちに佐夜子の実家にあいさつにいかないとな。同棲させてくださいって」と伝える。


佐夜子が息を呑み。

「いいの?」


探るように俺を見つめる。

俺は苦笑した。


「佐夜子の暴走につきあえる男なんて、俺くらいだからな」


振り回されるのも悪くない、なんて思っちゃったんだから、仕方がない。


「改めて、結婚を前提にお付き合いしてくれますか? お嬢さん」


ちょっとキザったらしい口調と共に笑いかけると、佐夜子は元気いっぱいに「はい!」と返事して抱き着いてきた。


ああ、やっぱり佐夜子のことが好きだなぁ、なんて実感するのだった。

良い物件が見つかりますように。




おわり

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【KAC20242】ゆううつな住宅内見……だったが? 雪の香り。 @yukinokaori

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