死んだ友人の内見報告

無頼 チャイ

死後気になること

 死んだ友人が、死後の話しを語る小噺がある。

 死後の様子を教えてやる。というやつだ。


 死後というのは、生きてる限り分からないことだらけで、天国や地獄はそもそもあるのか? 魂は本当に転生するのか? などの疑問がたくさんあって、結局、百聞は一見にしかず、というか、死ねば分かるというか。

 ともかく、死後の話は死者しか知らぬという訳だ。


 僕こと桑原くわばら かおるは、小噺のテンプレを、たまたまというかノリで、友人とした。


「なあ、もし俺らのどっちかが死んだら、死後の様子を語ろうぜ」

「分かった。それと約束な。約束すれば閻魔大王だって分かってくれるだろうし」


 よく分からない約束を、いるかも怪しい存在を気遣って、指切りげんまんとした。


 こんなふざけた約束、一日もすれば忘れる。というか、現に忘れていた訳で、約束した友人が事故で亡くなって、棺の中で眠る顔を見るまで思い出せなかった。

 僕は小さい男だ。よりによって、死後の様子を語りに来るかもと、棺の中の親友を見て思うのだから、そんなオカルトに期待を寄せてどうするって話しなのだから。


 その後の日常は至ってありきたりで、勉強やアルバイトに精を出す毎日。たまにふと、あいつが来るかもと、部屋を小綺麗にするような日々が続く程度だった。

 人は未完成な話しほど記憶に残るというが、死んだ人間がやって来るなんてあるわけないし、死後、それを未練にこの世に取り残されたら、「死んだ友人が来るまで、ワシは死ぬまでここを動かん!」と閻魔様の使いの鬼達に迷惑かけるんじゃないかと不安にも思った。


 そんなお盆の日である。大学生になったら一人暮らしをしてみたいと夢を持ち、それを叶えて、夢の実態に悪戦苦闘を繰り広げる日々の束の間、そいつは「おい、桑原」とひそめ声を掛けた。


「ん? 何か風呂場がうるさいな、灯りは……」


「おいおいおい。灯りだけは点けるなよ。つけちまったら強制的にあの世に戻っちまう。ほら、まずは合言葉だ。橋本?」


「ゎかんな? ん? このノリはもしかしてお前……」


「とぼけるなよ。ちゃんと合言葉を返した癖に。そら、約束通りあの世の話しをしにきたんだよ」


 風呂場の仕切りに写る濃い人影は、親しげに手を振る。

 これ、新手の泥棒か? ピンチに頭がイカれて死後の友人なんてものを演じている?


 と思ったが、こんなバカらしい発想をする奴、俺とアイツしかいまい。この日まで、死後現世にやってきて体験談をする。なんて、親にさえ言ったことがないのだ。もし知ってるとすれば、この人影は超能力者の類ということだ。オカルトとエスパー、どっちが強い? なんて脳内議論してると、「聞いてるか? まず死後の住まい何だけども」と気になることを言ってきた。


「死後、裁判の関係もあって一時的に住まいが用意されるんだけども、まず、閻魔殿の中か、ヴァルハラの館かどっちか選ぶんだ」


「ちょっと待て。閻魔殿はともかくヴァルハラとは何だ?」


「北欧神話に出てくる、戦士の魂がかえる場所だって。何でも、俺はサッカーでそれなりに試合出てたそうだから、戦士扱いで入居できるんだとさ」


 そんなことで良いのか。しかし生前のこいつって、確か大きな大会に出たとか聞いたことはない。いや、それ以前に、


「試合ってお前、スタメンとかじゃなかったろ」


「おう。良くて練習試合とかだな」


「それで良いのか?」


「それで良いらしい」


 それで良いのかヴァルハラ。


「しかしまあ、死後の住まい何てよく分からんから、それに住宅の内見なんて生きてる時にはしなかったもので、加減が分からなくてな、だからまず何が違うか聞いたわけよ」


「なんて返ってきた?」


「トイレが和式か洋式か、まずそこが違うって」


 死後にもトイレの問題があるのか。上水道や下水道は整備されているんだろうか。

 まさか血の水で流さないだろうな。


「閻魔殿でも洋式トイレの導入を進めてるそうだが、亡者の管理や、外観保護法とかで計画が上手くいかないそうでな。その点ヴァルハラは洋式トイレはもちろん、520部屋もあるからな。毎日入室歓迎なんよ」


 ガハハと親友が笑う。何が面白いのか分からず、浴室の仕切り扉の前でアハ、アハハと愛想良く笑みを浮かべるのがやっとだった。


「それで、どっちを選んだんだい?」


「結局、閻魔殿にしたかな。送迎サービスもあるし、来世に向けた機能訓練に、たまにあるレクリエーションでつまらない日もないしな。口に食べ物を運ぶ動き、しっかりやらないと抜けちまって忘れちまうんだよ。足もないし物に当たってもすり抜けるから、室内の過ごし方とか勉強してる」


「そっか。あの世でも頑張ってるんだな」


 人影に、生前の親友の笑顔が映った。

 喋り方や話す時の動作、それ以上に、楽しげに将来を語る姿が、サッカーを楽しんでいた時のいきいきとした姿と似ていた。


「んじゃま、そろそろ帰るよ桑原。次に会う時は来世だな」


「また、生きてるうちに会えると良いな」


「……だな、……ときもよろ……」


 か細く、小さくなる声。

 静かになった浴室の仕切り扉を開けると、何もない。


「約束守ってくれたんだな。ありがとう」


 手を合わせ、少し長くお祈りをした。

 素晴らしい来世であることを願って。


 …………そういえば。


「何であの世にトイレが? 足無いんだよね? というか、内容デイサービスじゃね?」


 デイサービス閻魔殿ってこと?


 結局、死ぬまで分からない。

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