二〇二三年三月某日 〈後編〉
「お待ちしておりました!」
青い封筒に間取り図と共に同封されていた案内にしたがって、時間通りにその『風車邸』の前に到着する。黒いスーツ姿の女の人がその両手を擦り合わせながらこっちに来た。黒いスーツ姿っていうか、喪服のようにも見える。そんなわけないだろ。
「来たぞ! 我は、安藤モアを名乗らせてもらおう。この封筒の差出人は?」
モアが青い封筒をひらひらとさせると「
「ふむ。今朝方、我の枕元に置いてあったのだが」
「置かせていただきました」
「面白い。早速、内見させていただこうではないか」
モアがその女の人について行こうとする。
いやいや、ちょっと待ってくれよ。聞きたいことがありすぎる。この人を信用していいの?
「モア」
「どうしたタクミ」
「どうしたもこうしたも」
女の人と目が合う。にっこりと、敵意のない笑みを向けられて、視線を逸らす。モアよりも小柄で、その辺のスーパーで買い物してそうな、普通の人。そんな普通っぽい人が、夜中に家へ侵入してきてモアの枕元に封筒を置いていくかな。
「彼女は、我の星に属する星に住まう民だぞ」
「……つまり、宇宙人ってこと?」
「そうだぞ!」
もう一度、その女の人を見る。どう見ても地球人だけど。
「なんで宇宙人が、地球で不動産屋みたいなことを?」
「地球は人気だからな。我のレポートのおかげでもあるぞ!」
ふんふん、と得意げに鼻を鳴らした。モアが『恐怖の大王』に、毎日地球の実地調査のレポートを送っているのは知っている。こんな薄っぺらい内容でいいのかと疑ってしまうような小学生レベルのレポートだけど、それでも地球の評判が上がるぐらいには効果があるらしい。本当か?
「私どもは移住のサポートをしております」
日本語上手いな。
俺が気付いていないだけで、宇宙人たちが地球人の姿になって生活に溶け込んでいるのか。怖い。
「でも、モアは
「今回は!」
俺はモアに話しているのに、女の人がずいっと間に入ってきた。
「大王様の側近たるあなた様にぴったりの物件でして!」
「ふむ!」
モアのアンテナがぴーんと立った。こうなるとテコでもこの場所からは動かせない。長くなりそうな気がする。覚悟しておこう。
「側近?」
「我は大王様に忠誠を誓っているのでな」
「そうなんだ」
「もちろん、最も愛しているのはタクミだぞ!」
俺は目の前の一軒家を見上げる。表札には『風車』とあるから、元の持ち主は『風車』さんか。さっき間取り図を見たときも思ったけど、珍しい苗字だよな。四方谷も珍しいけど。
「かざぐるまだぞ」
「ふうしゃさんじゃあないんだ」
モアも女の人も「おや?」と不思議そうな顔をしている。なんかおかしなこと言った?
「この家の現在の持ち主は
女の人が情報を補足してくれた。
現在の持ち主で、亡くなられた風車元総理。となると、俺の予想通り、その総平さんは他に住んでいる場所があって、元総理のお父さんが亡くなって、遺産として引き継いだのはいいけども住むわけじゃあないから誰かに貸しちゃおう、ってわけか。
まあ、管理を頼んだ不動産屋が宇宙人とまでは見抜けないよな。どこからどう見ても普通の地球人だし。モアだって、モアが「侵略者だぞ!」って言い出さなければバレないもん。
「タクミは、そうか、一九九九年生まれだったな?」
確認するように、モアが一九九九年を強調する。そうだよ。アンゴルモアにとっては馴染み深いんじゃん?
「1999年7の月ね」
「この世界で二〇〇〇年に起こった出来事を知らなくても無理はないのだな」
女の人が「ああー」と腑に落ちたような表情になる。二〇〇〇年って、俺はまだ一歳じゃん。
「モアは知ってるの?」
「うむ。侵略者たるもの、侵略する星の歴史は調べるぞ!」
急に俺が常識知らずみたいな。この三人の中で唯一の地球人なのにさ。
歴史の授業でも近代史ってそこまでやらなかった気がする。しかも二〇〇〇年だと、近代も近代というか。もう生まれてからの社会を歴史として学ぶ機会ってあるか?
「まあまあ。立ち話もなんですから、中に入って」
確かに。内見で来たのに入り口でずっと喋っているのもおかしいよな。俺が女の人に続こうとすると、今度はモアが「……待て、タクミ」と踏みとどまる。
「何?」
さっきは『面白い』だなんて言って、ノリノリでついて行こうとしていたにもかかわらず、打って変わって「帰るぞ!」と言い出した。
「どうしたのさ」
「出るかもしれないぞ」
「出る?」
「幽霊が出る」
幽霊?
……え、幽霊?
「その、元総理の?」
「うむ」
「出ないでしょ」
最近おばあさまがホラー映画にハマっている。モアはおばあさまの隣に座って観ているから影響された可能性が大。
「風車総理はこの家で事故死した、と言われていますからねー」
女の人が俺の知らない近代史の話をしてくれた。総理が自宅で事故死。大きなニュースになってそう。あとで調べてみようかな。
「つまり、事故物件ってこと?」
「やめておくぞ!」
宇宙の果てから地球を侵略しにやってきた侵略者が事故物件にビビっている。面白い。
事故死した人が亡くなった場所で幽霊になって出てきてくれるんなら、俺は
「お安くしますよ?」
「タクミと二人きりならよい。生者ではない同居人がいるのは嫌だぞ!」
――というわけで、一歩も足を踏み入れずに内見が終わった。内見してないじゃん。せっかくだから、と不動産屋宇宙人の女の人と三人で昼ごはんを食べてから帰った。不動産屋も大変らしい。
というお話だったのさ 秋乃晃 @EM_Akino
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