というお話だったのさ

秋乃晃

二〇二三年三月某日 〈前編〉

「内見に行くぞ!」


 鶴の一声ならぬモアの一言で、朝食後即本日の予定が確定した。

 藪から棒に突飛なことを言い出すのはいつものことだから、そこまで気にしちゃいないけどさ。先約があるわけでもないし。


「内見って、何のことだかわかってる?」

「調べたぞ。実際に物件を見に行くこと」


 モアは宇宙の果ての『ものすごく遠い星』からやってきた侵略者なので、その『ものすごく遠い星』では言葉の意味が違うかもしれないから、一応、確認する。


らしいぞ」


 青い封筒から一枚のプリントを取り出して、俺に渡してきた。不動産屋のガラスに貼ってあるような間取り図が印刷されている。都内の一戸建て。


借家しゃくやね」

「うむ!」

「どこの誰がこんな手紙を」


 封筒の宛名には『安藤モア様』とあるので、モア宛なのは間違いない。住所は書かれておらず、差出人も不明。


「我の枕元に置いてあったぞ! あわてんぼうのサンタクロース、であろうな」

「三月になったばかりなのに?」


 俺は一般人だけど、モアは宇宙人だ。そのモアを名指しで呼び出しているのだから、相手方には何らかの意図があるに違いない。罠かもしれない。


「とにかく、行くぞ! 行けばわかることもあろう!」


 警戒心から怪しんでいる俺に対して、当の本人はこの調子で、俺の食器も重ねてシンクまで持っていく。


「借りるつもりはなくても、見に行くだけでも勉強になるんじゃないかしら?」


 祖母はそう言って、呑気にお茶を飲んでいる。不安視しているのは俺だけか。


 というか、俺の他に子や孫はいないし、今住んでいるこの家を相続できるんじゃあないかな。まだ先の話だけど。


 わざわざ借りてまでよそに住むメリットは、現状はなさそう。


「契約まで押し切られたり、別の物件へ連れ回されたりしませんか?」

「ビシッと断ればいいのよ」


 俺は手元のプリントを再びチェックする。


 元々は風車さんという人が住んでいた家らしい。オーナーさんの名字も風車とあるから、息子か孫なのかも。自分らが住んでいる家はよそにあるから誰かに貸して、家賃収入を得ようみたいな。

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