格安一軒家の内見に夫婦で行ったら、のじゃロリ狐様がついてきた話

水長テトラ

格安一軒家の内見に夫婦で行ったら、のじゃロリ狐様がついてきた話



「うわあ……すごいですね。築浅でこの広さ、この日当たり……」


 俺と妻は一軒家の内見に来ていた。

 最近の二人の話題は、次はどんな家に住みたいかで持ちきりだった。今の2LDKは夫婦二人で住むには十分だが、将来子供が生まれたら狭くなってしまう。

 今すぐマイホーム購入……という訳にはいかないが、持ち家にしろ賃貸にしろ、具体的なイメージを持つのは大事なので内見デートに行ってみようと話が決まったのだった。


 で、最初の一件目がここなのだが、この家不気味なほど条件が良すぎる。

 都心の駅から歩いて徒歩五分なのに、広々とした二階建て一軒家。そして庭が広い。結構広いし木がずらりと並んでいて、ほんのちょっとした森のようだった。森だけで三十坪はある。

 都会の中のオアシス……というか、都会の中の聖域のような神秘的な光景が広がっている。


「本当にこの価格でいいんですか!? この広さの1/5の家がこれの三倍ですよ相場、値段1/15じゃないですか!?」

 森の入り口で俺は不動産屋に率直に疑問をぶつけた。

「いや~、お客様は大変運がよろしいです」

「なんでこんなに安いんですか!? もしかして、何かいわくつきの物件だったりしません? その、オバケが出るとか……」

「いや~、後できちんとお話するつもりだったのですが、実はここ……」


「……」

 不動産屋が訳を話し始めるのと同時に、妻がふらふらと森の奥へ歩き出す。

「あれ? お、おいどこ行くんだ?」

 人が話してる途中に勝手な行動をするような妻ではないのだが、俺の制止も聞かない。

 明らかに様子がおかしい。


 妻が歩く方向を見てみると、人の腰ほどの高さの茂みに黄色い何かが二本突き出ていた。


 ふさふさこんもり、木漏れ日を浴びて艶々と輝いている金色のそれはてっぺんだけほんのり白くて、まるで狐の耳のようだった。

 俺はそ~っと指を伸ばしてつまんでみる。


「これ! 何をするかぁ!」


 すると茂みの中から、巫女装束のような紅白の衣装を身につけた狐耳の女の子……?が飛び出てきた。


「わぁ!」

「きゃあ!?」

 妻も目を覚ましたように立ち止まり、口に手を当てて驚く。

「おのれ~、狸踊りの一つでも踊らせてからかってやろうと思ったのに、術が解けてしもうたわ……」


 狐耳が生えた金髪は茂みの中にいたにも関わらず、葉っぱの一枚もくっつかずにさらさらと輝いている。


「困ります森神様もりがみさま、内見の途中にお邪魔されては……」

「フン、ここは元はわしの家じゃ。変な奴に住みつかれては儂が困る! お前らが信仰心のない罰当たりばっかり連れてくるから、いちいち追い出すにも骨が折れるわい!」



 不動産屋と古めかしい喋りの狐耳幼女……森神様いわく、この土地にはこんな顛末てんまつがあったらしい。 


 遠い昔、このあたり一帯は森神様の神社だった。近隣住民は森神様を恐れ敬い、森神様も農作物の豊作に手を貸してやったり、病を治してやったり、……たまにはイタズラしたり、人間と森神様はとてもとても良い関係を築き上げていた。


 しかし時が現代に近づくにつれて周辺の土地開発が進み、人間の信仰心の薄れとともに森神様はどんどん力を失ってしまった。とどめは第二次世界大戦、空襲で神社は全焼し神主一族も離散して遠くへ引っ越していった。最も慕ってくれていた一族にも捨てられたショックで森神様はすっかりやさぐれ、荒れ果てた森に踏み入る物好きな連中を呪って憂さ晴らしするすさんだ毎日を送っていた。


 そんなこんなで呪われた禁足地きんそくちとして人が寄り付かなくなっていた小さな森だったが、最近になって成金が土地を購入して一軒家を建てた。当然すぐに森神様の呪いが降りかかって、建てた成金は違法な荒稼ぎがバレて逮捕。即売りに出された一軒家に多くの人が内見に訪れるうち、森神様は少しずつ力を取り戻していき、自分の霊力には人の信仰心が欠かせない。神と人は切っても切れぬ関係だと思い知ったのだと言う。



「要するに人身御供ひとみごくうというやつじゃ! ここに人間どもが住みつくのには儂も反対せんが、住んでいいかどうかは儂が決める! 虫の好かん奴に居座られるより、物好きどもが入れ替わり見学に来る方が楽しいしのう!」

「いや人身御供とは大げさな言い方ですが……不動産屋としては早く片づけたい物件なのですが、うちみたいな小さな不動産屋が大手に潰されずに済んでるのも森神様がいろいろ解決してくれたおかげですので、どうしても強く出られず……」


「そんな事情があったなんて……信じてた人たちに裏切られて傷ついてしまったのね、かわいそうな子……」

 胸に手をあてて同情しきった妻を見て、森神様は袴から細く突き出た足をじたばたさせて怒る。

「子供扱いするでない! 儂はぬしらの百倍は生きとる! 祟られたくなければもっと丁重に敬え!」


「しかし、森神様がこうも早く出てきてくださるなんてお珍しい。いつもは家の電気が急に切れたり、どんぐりが一斉にお客さんの頭に振りかかったり、不気味なイタズラで追い出しにかかるのですが……もしや今日のこのご夫婦が御気に召されたとか?」


「そうよのう、おいそこの若造、もうちょっとこっちへ近うよれ」

「へ、お、俺ですか?」


 森神様が俺を手招きするので近づいてみると、小さく温かい両手でぐいっと頬を挟まれてキスする勢いで顔を覗き込まれた。金の瞳が怪しく輝く。


「おぬし……妙にいい匂いがするのう。今までの人間にはなかった匂いじゃ。どうじゃ? 特別に儂のしもべになってみんか?」

「ダメダメ絶対ダメ! この人は私のもの、たとえ神様でも渡さないんだから!」

 泣きそうな顔で妻が止めに入る。


「いい匂い……もしかして、鞄の中のこれのことですか?」


 俺が鞄の中から昼に食べようと思って買ったいなり寿司を差し出すと、森神様の眼の色がまた変わった。

 さっきまでの怪しい雰囲気が消え失せて、はしゃぐ子犬のように輝き出す。


「お、おぬし! なぜ儂の好物を!? もらうぞ!? もらうからな!? もぐもぐ……ううう、美味い~……」


 俺の返事も待たずに森神様はいなり寿司の油揚げを口にくわえ、歓喜で震え出した。

 よく見ると後ろの筆のようにふさふさした尻尾もぶんぶん揺れている。


「ああ、良かった、お腹がすいていただけだったのね。かわいい……」

「これ! 気安く撫でるな!」

「ねえ、今度これの倍以上私が作って持ってきてあげようか?」

「何!? 本当か!?」


 尻尾ぶんぶんに加えて耳もぶんぶん揺れ出した。


 という訳で軽い気持ちで始めた内見デートだったが、なんと最初の一件目でいきなり引っ越しが決定してしまった。

 子供が生まれるまでは二人で住むには広すぎてさみしい家と庭……なのだが、さみしさとは到底ほど遠い賑やかな暮らしになりそうだった。



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