第02話 大阪で起こった失踪事件
京都丸太町、二条城のほど近く、探偵局のビルはひっそりと隠れるようにして在る。
建築制限の厳しい京都において八階建てという目立つ存在であるにもかかわらず、通りを行き交う人々からは何故か意識されていない。
見えているのに見えていない不思議な佇まいは、ビルを包み込むように張られた結界に依るものである。腕の良い陰陽師による結界は、ビルという巨大な存在すら人の意識の外側に置いてしまう。
男の名は
窓から差し込む陽光に目を細めると、手を止めて眼鏡を外し指先で眉間を揉みほぐす。PCの脇に置いた紙コップを手に冷めきった珈琲を一口すすると、甲斐は懐に煙草を探った。
「館内は禁煙じゃぞ。お主が決めたことじゃろ」
向かいに座り漫画を読んでいた幼女が、迷惑げに声を発する。
幼女の名は
「そうだな。僕が決めたことだ」
言いながら潰れたショートホープの箱を取り出すと、撚れた一本を咥えて火を点けた。旨そうに吸って白い煙を吐き出すと、咥え煙草のまま再びPCに向かう。
「自分で決めておいて、自分で破るのかの」
「僕が決めたから、僕しか破れない……だろ?」
紫煙をくゆらせながら
「もう若くないんじゃから、徹夜などせぬことじゃな」
「君たちがもっと穏やかに仕事をこなしてくれると、僕の苦労も減るんだけどね」
白い煙とともに、皮肉を吐き出す。
「ふんっ。無理な話じゃな」
「うちの上って、けっこうお固いじゃない?」
「まぁ、国家組織じゃからのぉ」
最後の一口を吸い終わった甲斐が、携帯灰皿で煙草の火をもみ消す。
「皆が暴れ回るたびに、書類の量が増えるんだよね……」
内閣府直属の秘密組織、それがこの探偵局である。国家公安委員会に並ぶ内閣府の外局ではあるものの、秘密組織であるが故に呼称などなく、単に『探偵局』、または『陰陽探偵局』などと呼ばれている。所属探偵は皆が陰陽師であることから、探偵局の存在を知る者の中には『陰陽寮』などと呼ぶ者も居る。この地に在っては、然もありなんと言ったところか。
「書類仕事など、局長室でやればよかろうに……」
「寝てるんだよね、
「あいつ、また寝とるのか。一応訊いておくが、推理中かの?」
「普通に寝てるだけだよ。書類を手伝ってくれるはずだったんだけどね。テッペン超える前に眠っちゃったんだよね」
「難儀な
「でも優秀だからねぇ。起きる頃には、
「夢幻推理……じゃったか。眠ってまで推理とは、ご苦労なことじゃな」
甲斐の
「ところで
「何じゃ?」
「あえて突っ込まなかったけど、何でここに居るの?」
甲斐がこの部屋で仕事を始めて間もなく、大きな包を抱えた乙骨が現れ、テーブルの向かいで飲み物とおやつを広げて漫画を読み始めた。乙骨の理解しがたい行動はいつものことと、夜を徹しての書類仕事を覚悟していた甲斐はあえて触れずに居た。
「よくぞ訊いてくれた! 待ちわびたぞ、宗壱郎」
「待ってたんだ」
乙骨が椅子の上で仁王立ちになって胸を張る。
「儂が此処に居るのは、なんと暇だからじゃ!!」
「暇……なの? 暇だから、夜通し漫画を?」
テーブルの上にうずだかく積まれた漫画本を見やり、甲斐が溜息を吐いた。
「そうじゃ。お主が
「今は若手に経験を積ませてやりたいんだよね」
「阿呆! 経験を積ませるなら積ませるで、最後まで面倒を見てやらんか。昨日なんぞ
「あぁ、レベル四の熱病ウイルスの件ね。あれ、犯人の狂言だから、べつに失敗しても良かったんだよね。
「そんな話、聞いとらんぞ!」
「だろうね。まだ公表してないし」
「ぐぬぬぬぬ……」
甲斐の答えに、乙骨が唇を噛んで悔しがる。
「とにかくじゃ、儂に事件を回してくれ」
「駄目だよ。次の現場だって、もう人選は済ませてる」
「誰じゃ、誰が行くのじゃ!?」
「
「かーっ! また危なっかしい二人を!!」
「大丈夫。きちんと解決してくれるよ」
「何処じゃ! 現場は何処なんじゃ!?」
「姐さん、教えたら行くでしょ……」
「教えんでも行くが? どれ、
足元においていた甲斐のバッグに、乙骨が手を突っ込んで探る。
「解った、解った! 教えるから止めて!! でも行っちゃ駄目だよ?」
「どうしようかのぉ。そういえば、小腹がすいてきたのぉ」
足元でバッグを抱えたまま、乙骨が甲斐の顔をチラリと見上げる。
「参陣と捌希に肉を食わせてやったから、懐が寒うてのぉ」
再び乙骨が、チラリと甲斐を見上げる。
「解った解った。朝食でも食べに行こうか」
肩を竦めて、甲斐が再び溜息を吐く。
「遠慮なく馳走になるとするか。悪いのぉ、催促したようで」
「催促したでしょうに……」
「それよりも、早う事件の話を聞かせんか!」
頭を抱えながら、甲斐が事件のあらましを語って聞かせる。
場所は大阪ミナミ。最近ミナミでは行方不明者が増え、神隠しではないかと噂されている。三人の生還者が居るが、三人ともまともに会話ができる状態ではないという。うなされながら、まるで住宅の内観をしているかのようなうわ言を呟いているらしい。
ある者は部屋の広さを褒め、ある者は間取りに不満を漏らし、ある者は新しい家での希望に満ちた生活を想い描いて呟いているそうだ。
「何じゃそれ! 面白そうではないか!!」
目を輝かせて、乙骨が身を乗り出す。
「ですので、あの二人が適任かと」
「なるほど、なるほど……。おぉ、そうじゃ! 儂、用事を思い出した。じゃぁの、宗壱郎!!」
そそくさと会議室を出ようとする乙骨の首根っこを、甲斐が捕まえる。
「何処に行くつもりですか?」
「掴むでない! ちと野暮用じゃ……」
「野暮用で大阪へ? まさか……ねぇ」
怒気をはらんだ声で、甲斐が詰め寄る。
「な、何を言っておるのじゃ。何で儂が大阪くんだりまで出かけねば……」
「ですよね。そろそろ下の喫茶店が開く時間です。朝食にしましょうか」
「みゃ~!!」
乙骨の首根っこをつかんだまま、甲斐は会議室を後にした。
その頃、大阪は難波の地に二人の男が降り立っていた。
「いやぁ~ん。ラテンのノリがビンビンきちゃう! ミナミって、す・て・き♡」
言いながら男は、筋骨隆々の身をくねらせた。
「
もう一人の男が俯いたまま独り言のようにつぶやくと、百キロを裕に超える巨体を揺らしてデュフデュフと笑う。
京都丸太町☆陰陽探偵局 からした火南 @karashitakanan
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