ヒーローの現実

伊崎夢玖

第1話

ヒーローには三分以内にやらなければならないことがあった。

それは悪との戦闘である。

しかし、戦闘に入る前にやるべきことがある。


まず、普段着からヒーロースーツへの着替え。

市民を巻き添えにするわけにもいかないので、市民の避難誘導。

それから、悪との戦い。

これらを三分以内にやらなければならない。


正直、ブラック企業以上にブラックだと思う。

どう考えても無理であるからだ。


まぁ、ヒーロースーツに関しては……変身アイテムがあるからいい。


が!

市民の誘導。これが一番厄介であった。

なぜなら、俺の言うことを聞かない輩が必ずいるからである。


人は三つに分けられる。

一つ目、人の言うことに従順に従う者。

二つ目、我関せずと己の道を進む者。

三つ目、人の言うことを一切聞かない者。


一つ目は言うまでもなく最良である。手がかからなくて、自分の仕事に集中しやすい。

二つ目も、まだいい。我関せずと言っても、自分の命は惜しい。

言えば、無言ではあるが避難してくれる。

三つ目はどうしたって無理!何が何でも無理!!天地がひっくり返っても無理!!!

避難したように見せかけて影に潜んで動画撮影していたり、物見見物していたり…。

そのせいで、俺は仕事に集中できないこともしばしば…。

だが、問題はこれだけではなかった。

市民の避難が十分でない状況で悪との戦闘を行ったが故に市民が怪我をしたとなれば、責任はヒーローである俺にある。

避難誘導したのに、それに従わない輩のせいで、どうして俺が責任を負わねばならない?

全くもって意味不明。

避難誘導に従わなかったのであるから、その先は全て各自自己責任でいいではないか。

俺の中の正義がこれだけは許せなくて、一度だけ上層部に楯突いたことがあった。

「あーだ。こーだ」と、言い訳にもならないような戯言を並べたてるクソ共を前に、何を言っても無意味なことを知った。

その後、始末書、損害賠償、その他諸々…。


「なんでこんなことをしているんだろう?」――ふとした瞬間に思ってしまった。


人を守りたくてヒーローになった。

だが、現実は自分の身も守れないヒーローである。


気付けば、そっと辞表届を直属の上司の机の上に置いて、ヒーローを辞めた。

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ヒーローの現実 伊崎夢玖 @mkmk_69

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