第3話 バッファオーバーフローの爆乳バッファロー
OSI基本参照モデル(OSI/Open Systems Interconnection)とは、コンピュータネットワークに求められる機能(通信機能)を階層構造に分割し定義したものである。
階層はそれぞれ、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六つあり、これを纏めて「六道」という。
この六道は釈迦(シャーキヤ)が発見した。
TCP通信に用いられるコネクションの確立方法「three-way hand 【shaking】」などに名前が残っているように、釈迦は非常に名の知れたエンジニアである。
※話がそれるが、最終的に人類は菩薩の掌により救われるという教えを大乗仏教と言うが、「three-way handshaking」はその逸話から引用されている。
このOSI参照モデルにおけるTCP/IP通信に、陰陽師が唱える
例えば「オン アビラウンケン ソワカ、オン アビラウンケン ソワカ」は、
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①IPヘッダフィールド:
「ओम्/オーム(聖音)」
*真言のはじめにつける慣用句で「帰命する」という意味。
②データフィールド(可変長):
「アビラウンケン」
*
③ネットワークバイトオーダー(エンディアン):
「ソワカ」
*幸あれ、祝福あれ、といった意を込めて、陀羅尼や呪文の後につけて唱える語。
-----------
で構成され、「
そして、陰陽師の
古神道に加え、有神論的な星辰信仰や霊符呪術のような道教色の強い呪術が注目されていった結果――パケットの
「おーっほほほほほ! この島国の
権限昇格系の脆弱性攻撃。
特にこれは、IoTデバイスのOSの脆弱性を突いた攻撃であり、
これぞ世界屈指の絶技。
暗号化されていない通信で動くデバイスは、このような脆弱性から免れ得ない。
ニコル=ジョセ・キョニュー嬢の手にかかれば、この程度のことは訳ないことである。
「ぐっ……」
「
牛車のなかで、ニコル=ジョセ・キョニュー嬢は言継天皇相手に勝ち誇った。
――律令国家には脆弱性が存在する。
それは、天皇があらゆる権限をもつこと。
すなわち、天皇が行う
不完全とはいえ、それを模倣することに成功した彼女は、間違いなく天下一品の技術者であろう。
狭い牛車の中、ニコル=ジョセ・キョニュー嬢は丁寧に解説を施した。
「文字長を制限するからだめですのよ、ムッシュー・言継天皇?
Waka言語では五・七・五・七・七の配列長を重んじ、稀に字余り等を許す程度のバッファしか設けていませんわ。でもそれは大きなミステイク。この私、『
「……文字長、そうか、メモリ領域のオーバーフローか」
言継天皇が歯噛みする中ニコル=ジョセ・キョニュー嬢は無言でにんまり笑った。
肯定の仕草である。
この時代、メモリの限界と文字の長さに着目したエンジニアは少なかった。
しかし『
「ふふ、文字長じゃなくても、何でもいいのですわよ? メモリを上書きするような、強烈な情報であれば、何でも、ね?」
哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科は、とある特定の色――赤にあまりにも弱い。
ウシには、赤色を見ると興奮する習性がある。
つまり、視覚映像をハックして赤を過剰なまでに見せつけることで、脳の処理領域を一気に狭めてしまうと共に、本来ポインタが参照すべき場所を無理やりにずらしてしまう。
そのずらした先に、本来実行してはいけないような命令文を混ぜ込むことができれば――。
「権限を騙して、本来なら実行できないようなプロセスを実行できる、というわけか」
「流石は天皇ですわね。ご推察のとおりですわ。この私が牛を制御できた理由、それは牛が『赤』に弱いことに気付いたからですわ」
Red-Bull攻撃。
ウシを興奮させて自由を乗っ取る、非常に凶悪で簡単な攻撃手法。
より包括的な名前を付ければ、それは――。
「バッファ・オーバーフロー」
バッファオーバーフローの申し子、爆乳バッファロー。
言継天皇が顔をしかめる中、彼女の勝利宣言は続く。
「貴方ご存じ? CPUのクロック数が10GHzあるとき、三分間、つまり180秒あれば、どの程度のクロックサイクルの演算を処理できるか」
反復操作N回、クロックサイクルがTとすると、NT = 180秒×10GHz、つまりクロックサイクル1程度しかかからない演算なら1.8兆回、およそ2兆回計算できる。
そして、弥勒菩薩が仏陀入滅後の世界に現れて人々を救済するのは56億7千万年後。365日で乗算すると、およそ2兆日。
つまり――。
「! お前まさか……!」
「ええ、1日を計算1回で追体験すれば、その牛は3分後には、極楽浄土にたどり着いた状態を近似的に参照することができますのよ」
極楽浄土の牛、それはまさに天の牛/the Bull of Heaven。
古代メソポタミアでは、牛は繁栄と富の象徴と考えられていた。
ギリシャ神話において、ミーノースの牛頭の怪物は、星を意味するアステリオス/Asteriosと名づけられた。
そして、日本においては、プレアデス星団が「すばる」や「むつらぼし」と呼ばれた。『古事記』や『万葉集』に見られる「須麻流之珠(すまるのたま)」「須売流玉(すまるのたま)」とはおうし座のプレアデス星団のこと。
この平安京の四角格子の街道構成は、迷宮(ラビュリントス)を模倣できる。
極楽浄土を疑似体験させた牛を走らせ、その平安京を『電子回路』に見立てて、天から見下ろした時に一つの極大魔術を構築することができれば――。
それは。
天を牛耳る。
神話の再現。
「この世をば
我が世とぞ思ふ
統ばる
欠けたることも
なしと思へば――」
吟じた少女は、法悦の表情を浮かべていた。
まさに、世を支配せしめんとする野望の女。
暴走する牛は、すでに何頭かがその身に光を帯びている。彼らは到達したのだ。
百頭順番に、三分間の追体験を送るとして、三百分。
つまり五時間後には、この百頭の牛は極楽浄土にたどり着く――。
「くそ、くそ、余に、余に力があれば……!」
悔しさのあまり慟哭する言継天皇をよそに、事態はますます悪化を辿っていた。
京の都の人々は次々に牛の犠牲になった。
ある人はその勢いのあまり、四肢を分断され。
ある人は何頭にも踏みつけられて、真っ平らに潰され。
ある人は寺社仏閣の何倍もの高さにまで跳ね上げられて、そのまま地面にたたきつけられた。
クローンの残機を喪う人が続出した。自分の残機が少ない人間は、家から外出することも能わず、あまりの惨劇に恐怖した。
誰もが、すべてを破壊するバッファローの群れに怯えた。京の街はもはや陰惨で憂鬱なものに成り果てた。
この暴走するバッファローたちを、強引に食い止めることができるものなど、存在するはずがない――。
◇◇◇
「
夜を爆走する100台の牛車――
ラリーを勝ち抜くために生まれたモデル。「走る・曲がる・止まる」といった基本性能が高くトータルバランスも良好。
大きなインタークーラーやリアウィング、ブルシュタイン製のショック、太いタイヤを履く為に張り出したオーバーフェンダーとブレンボブレーキ、そして食いつきのいいポテンザのタイヤ。
牛車のインプレッサに並び立つのは、唯一無二のその馬車のみ――。
「ああもう無茶苦茶っス! 無茶苦茶っスよ、先輩!」
武菱の誇る白色の名機。
その名も、武菱 ランサー・エボリューションRS。
武菱騎馬隊がこよなく愛する名馬車である。
「無茶苦茶っスけど! でも! 先輩一人で真正面から受け止めようなんて無茶で無謀な真似されるよりもっスね――」
ハンドルを握った口やかましい生意気な後輩が、悪態たっぷりに、しかしどこか嬉しそうに叫んだ。
「この天才のウチと一緒なら、この最強のバディ二人なら! バッファローも余裕っス!!」
『爆乳バッファロー』ニコル=ジョセ・キョニュー嬢。
藤原筋力と清少納言。
夜を駆ける、
公道を駆る、熱き最速のレースが、今、幕を開けた。
マッチョ刑部の事件簿: 爆乳バッファローからの挑戦状 RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe
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