第2話 迫る対決の時、そしてホシはすばる
「おーっほほほほほ! 平安の時代を、真紅の血で染めて差し上げますわ〜〜〜〜!!」
暴走する牛車の中。VRヘッドマウントギアを付けた爆乳の少女が、空中に浮かぶウィンドウに打鍵を繰り返していた。
名をニコル=ジョセ・キョニュー。別名『
平安京は非常に騒がしい。街ゆく人々は狼狽えて慄き、叫び声をあげて恐怖する。そこに被せるように『道路交通法違反です、直ちに速度を法定速度以下に落としなさい』と機械的なアナウンスを連呼する
だから、少女は薙ぎ払った。全てを破壊するバッファローの群れによって。
見かねて男が口を挟んだ。
「やめよ、余の民をいたずらに虐げるな。彼らに罪はない。彼らは激動の平安時代を必死に生きる、日本の明日を担う者たちだ」
「あ〜〜ら? 誰が口を利いていいと申し上げましたかしら〜〜〜〜!?」
「っぐ……」
時の天皇、言継天皇は、揺れる牛車の内部で、キョニュー嬢に足蹴にされていた。
狭い牛車の中、今この場において、生殺与奪の権利はこの牛女が握っている。何者であっても邪魔することはできなかった。
「驚きましたわ〜〜! 噂には聞いてましたけども、まさかスメラミコトが
少女の煽るような言葉に、天皇は取り合うそぶりもみせなかった。代わりに辛辣な口調で吐き捨てた。
「ミーノーアの神話の再演か? それとも薬師如来の化身の招来実験か? ……いずれにせよ、ただの駄牛が天下を取れるほどこの国は単純ではないぞ」
「お黙り! この私の明瞭な頭脳をもって、この国を文字通りに牛耳って見せますわよ〜〜!」
平安の京を駆け抜ける牛車百つ。
それらを統べるは、溌剌とした少女。突如現れた天才少女による、天皇乗っ取り計画が今まさに始まろうとしていた。
◇◇◇
「牛車の車種は、
清少納言の報告を受けて、藤原筋力は今回の任務の手強さを再認識した。曲がり角の影に隠れてコーナリングで減速したところを狙うという作戦を考えていたが、少し成功率を下方修正しないといけないだろう。
「……厄介だな」
「そっスね。でも天皇陛下が劣悪な牛車に乗ってないのは不幸中の幸いっス。インプレッサ WRX ステラの後期型は、ルーフパネルの制振構造も採択された他、骨盤を支えるシート構造になってて、エクステリアも充実してるはずっスから」
つまり天皇陛下は快適なドライブを楽しんでいるはず、というつまらない冗句だった。誘拐されている身分なのだ、楽しめるはずがないだろう。だが、年幼きあのお方が劣悪な牛車で揺られ続けているというわけではないというのは、不幸中の幸いであった。
懸垂に打ち込む藤原筋力の横で、清少納言は心配そうに呟いた。
「……先輩、死なないでほしいっス」
「ああ、死ぬのはごめんだ」
覚悟を決める。
隣で清少納言は、情感を含んだ憂い声で謳った。
「むつらぼし
すばるのたまの
夜疾く」
『むつらぼし』はすばる星団の六連星のこと。牡牛座を構成する星団の一つだ。
すばるのたまとは、古代の玉飾り「美須麻流之珠(ミスマルノタマ)」にかけており、
おうし座が見える夜が短くなってきた季節になりましたね、という意味と、夜を駆ける
さすがは清少納言、枕草子で「ほしはすばる」と随筆を残しただけのことはある。
返歌はどうすればいいのだろう。何も思いつかない。
「……我が肉体に 敵うものなし」
爆笑された。
「ぶふっ、っは、さ、サイテーっスよ、先輩! サイテーの返歌っス!」
げらげら笑ってる。いつもこれである。
藤原筋力は返歌が上手ではない。なので、だいたい筋肉で解決する。そのたびにこの頭でっかちの後輩に爆笑されるのだ。
「ほんとにもー……先輩やばいっスよ」
笑いすぎて眼尻に涙を浮かべている清少納言に、藤原筋力は苦笑するほかなかった。返歌は上手くないが、冗句はこの生意気な後輩よりも上手い自信がある。
この阿呆な問答で涙の理由を上書きできたのであれば、今はそれで十分であった。
◇◇◇
平安の都は、騒がしかったが、静かであった。
はるか西方からやってきた牛の魔王、『爆乳バッファロー』率いる牛の群れ。
かたやしがない刑部の下官であるただのヒト、藤原筋力。
二つの衝突は、間近に迫っていた。
――――――
続くのかこれ……?
以下、作者メモ
・おうし座 → すばる星団 → ほしはすばる → 清少納言
・牛車+スバル → SUBARU インプレッサ WRX ST
・すばる → 統ばる → 天皇
・牛+天皇 → 《to be continue...》
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