グレイのパーカーの男

不労つぴ

灰色のパーカーの男

 これは私の大学時代の話です。

 当時、私は親元を離れ、隣県の大学に進学しました。


 しかし、当時は新型コロナが流行し、大学では対面の授業は行われず、サークル活動の禁止のみならず、大学の施設の利用も禁止という八方塞がりの状況でした。


 もちろん、そのような状況で友人を作ることなど出来るはずもありません。そもそも、私は内気な人間でしたから、自分から話しかけることなんて出来るはずもなく。


 そんなわけで、GWや夏休みなど、暇さえあれば地元に戻り家族と過ごしたり、地元の友人達と遊んでいました。

 

 私の家族は弟と母と私を含めて三人家族でした。

 当時、母は図書館で司書の仕事をしており、弟は高校生でした。私は一人暮らしをしていたため、私が出ていってからは母と弟は二人暮らしだったわけです。


 私達の住んでいたマンションは母の職場である図書館の近くにあり、自転車で五分ほどの距離の場所にありました。


 私が高校二年生のときに引っ越してきたので私は二年ほど住んでいたことになります。


 部屋は三人で住むには狭かったのですが、それ以外は特に文句もありませんでした。

 

 ある夏の夜、私は夜食を買いに、近くのコンビニへ行くことにしました。


 私の住んでいるマンションの隣にはガソリンスタンドがあり、その隣には道路を挟んで古着屋がありました。


 その古着屋から信号を挟んだ向かい側に目的のコンビニはありました。

 私の家から、そこまで歩いて五分もかかりません。


 家を出て歩いていると古着屋の方向から男が歩いてくるのが見えました。

 男は灰色のジップパーカーを着ており、フードを被っていました。そのときは、顔が暗くてよく見えなかったのですが、なんとなく50代くらいかなと思いました。


 どんどん男と私は距離が近づいていきますが、どうも男の顔がはっきりと見えないのです。


 ――まるでこう、顔部分にだけ霧がかかったような。


 私は俗に言う鳥目で、夜はあまり目が効かなく、さらにその時コンタクトをしていたので、コンタクトがズレて見えなくなっているのだろうと思いました。


 ついに、道路を挟んで男と向かい合うことになりました。

 そのとき、私には男と目があったのような気がしました。


 男はポケットからスマホを取り出し、何を思ったのかこちらに見せてきました。

 男の持っていたスマホは画面がバキバキに割れており、日常的に使うには不便なのではないかと思うほどでした。


 私には彼の表情が相変わらずぼやけて分かりませんでしたが、なんとなくニヤニヤと薄気味悪い笑みをこちらに浮かべていたような気がします。


 私達の住んでいたマンションは、飲み屋街からそう遠くないところにあったので、タチの悪い酔っぱらいか何かだろう――そう私は判断し、相手にしないことにしました。


 男の持つスマホの画面には、なにかの動画?が流れていたようでした。

 しかし暗闇と割れた画面のせいで何が流れているかまでは分かりませんでした。


 私がコンビニの方へ向かうにつれ、男は反対方向に進んでいたので距離はどんどん離れていきました。


 しかし、距離が離れてもおかまいなしに、私の方を向きスマホの画面を見せつけていました。


 私は気味が悪いなと感じ、後ろの方を見ないようにしてコンビニへ行きました。


 買い物を済ませ、件の男と遭遇した道路に戻ると、そこにはもう誰もいませんでした。

 


◇ ◇ ◇ ◇


 その年の冬、私は年内の授業が終わるとすぐに実家に帰りました。


 私には、I君という友人がいました。

 彼は高校のときからの友人で、高校卒業後も私が帰ってきては、よく一緒に遊んでいました。


 その日は、I君がドライブに誘ってくれたので私は喜んで承諾し、しばらく会っていなかったので積もる話もあり、深夜まで語り合いました。


 その帰り、深夜3時ごろでしょうか。


 私を家へ送るために私の家のすぐ近く、ガソリンスタンドと古着屋の間の道路を通っていた時、I君は急ブレーキをかけました。

 それまで私達は普通に会話をしていたので、私は非常に驚きました。


 I君は車をその場に止め、外に降りました。

 私もそれに続き車を降りたのですが、I君は青ざめた顔で車の周りをひたすら確認していました。


「どうしたの?」


と私が聞くと彼は、


「いや、確かに人が……」


とぶつぶつ呟いています。


 彼の様子が尋常ではなかったので、私は近所にある24時間営業のファミレスに行くことをI君に提案しました。


 彼も、このまま一人で帰りたくないと思っていたのか、それを承諾しました。


 ファミレスに着き、私達は軽食とドリンクバーを注文しました。

 I君がチキンドリアを食べ終わり、コーヒーを飲み終わったあたりで落ち着いたのか、先程起きた出来事を語りだしました。


「――人がいたんだ」


「人?」


「ガソリンスタンドと古着屋の間の道路。あそこに人が車の前にいきなり現れたんだ。咄嗟のことだったから、慌ててブレーキをかけた。正直、轢いてしまったって思ったけど、外に出て確認しても誰もいないんだよ」


「でも、人なんていなかったよ?」


 I君と喋っている間も、私は前方を向いていましたし、いくら夜に目が効かないとはいえ、流石に人の判別くらいは付きます。


 ですから、私は人なんていなかったと自信を持って言えました。


「きっと疲れてて見間違えたんだよ」


「でも、俺はその人の服装とかも覚えてる」


「どんな格好だったの?」


「フードで顔は見えなかったけど、グレーのパーカーを着た男の人だった」 


 私はその時まであの夏の夜のことをすっかり忘れていたので、それを思い出し、ゾッとしました。


 偶然かもしれませんが、I君が車を止めたのは、私があの男と遭遇した場所でした。


 そのことは以前、I君にも話していたので、I君はそれを見たときに私の話を思い出したらしく、ゾッとしていたらしいです。

 私達はファミレスを後にし、そこで解散することにしました。


 I君が見たものは何かの間違いだったのではないか。私が見たものとI君が見たものは違う種類のものなのではないか。


 今でもそんなふうに思うときがあります。


 しかし、I君には時折、人ではない変なものが見える――所謂、霊感持ちでした。だから、I君の見たものを完全に否定することは私にはできませんでした。


 あれ以来、私の身の回りであのグレイのパーカーの男を見たりしたという話は聞いていません。


 私やI君が見たものは一体何だったのでしょうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グレイのパーカーの男 不労つぴ @huroutsupi666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画