音声記録2 2036年4月2日


「記録を開始する。まずは……おはよう。具合はどうかね?」(椅子が軋む音)


「何? どうなってる? どうして?」


「まずは落ち着いて。君の蘇生には苦労した」


「蘇生? 待って、頭が割れそうだ」(ガタガタと何がが揺れる音)


「端的に言おう。我々人類……君たち“ミノタウロス”が旧人類と呼んでいる者は攻撃を受けている。新人類“ミノタウロス”から。彼らは世界中の核弾頭のスイッチを押し、人類は皆地下に逃げこんだ。我々は反撃の準備を進めている」


「待って、僕はまず、誰なんだ? 僕……? 私?」


「君は……カイトと名乗っていた“ミノタウロス”を中心に……現場に居合わせた他の五名の“ミノタウロス”の脳を繋ぎ合わせた存在だ」


「は?」


「君の、いや、君たちの脳の損傷は酷かった。まさか脳に埋め込まれた電子チップを加熱発火させる方法があるとは思わなかった」


「待って」(過呼吸が録音に乗りはじめる)


「だが、我々旧人類には君が、君たち六人の助けが必要だった。だから、君たち六人の脳の組織の無事な部分を繋ぎ合わせ、肉体的に無事だった君の身体に移植した。晃嶋あきしま 威兎いと、それが君の肉体の名前だ……だが、君が誰かは君自身しか解らない」


「あ、ああ、嘘だ。嘘だ!」(ガタガタと何か拘束された者が暴れるような音がする)


「安心してくれ。過去の経験で鎮静剤を自動投与できるようにしておいた。すぐに落ち着くことだろう」


「あ、ああ、ぁ……じゃあ、じゃあ、頭の中に誰かの記憶があるのは……」


「脳を移植した結果だろうね」


「か、からだ、は? 僕、いや、私の? お、俺の? ああ、なんだこれ、頭の中に別の誰かが、違う、体が違う……?」


「ん、電波ジャックはやり過ぎだったな。君たちは鎮圧のためにハチの巣にされた」


「そんな……そんな……」


「これでも善処したんだよ」


(しばし沈黙が続く)


「何のために?」


「何がだね?」


「何のために、僕を、僕らを生かしたの?」


「先ほども言ったじゃないか。我々には、君たちが必要だった。“ミノタウロス”に対抗しうる、旧人類に協力してくれる存在。まさに……テセウスが」


「狂ってる。協力すると思うのか?」


「しなければ、死体に逆戻りだが? スイッチ一つで」


「そんなのだから、滅びるんだろ?」


「そうだな。我々旧人類の、最後のあがきだよ、君は」


(どちらか片方の、あるいは両名の深いため息)


「これじゃ、テセウスの船のようだ。テセウスその人じゃない」


「言い得て妙だな」


「褒めてない。唾を吐きかけてやりたいぐらいだ」


「光栄だな。では、取引は成立で良かったかな?」


「選択肢も無いじゃないか」


「そうだな。では、よろしく頼むよ、つぎはぎのテセウスくん」(椅子から立ち上がる音)


「拘束されてる。握手を求められても困る。それに……」


「ああ、自己紹介もしてなかったか。そうだな、私は間歩是マブゼ博士と呼んでくれ。君たち“ミノタウロス”の生みの親にして、英雄テセウスの生みの親だ」


「ドクトル・マブゼ? 偽名なの?」(拘束具が外される音)


「君だってこれからは本名を名乗れない」


「何が英雄だ。囚われてこき使われる剣闘奴隷じゃないか」


「おや、奇遇だね。私もだよ。なーに、旧人類に表面上だけ協力してくれればいい。旧人類が気に食わないから、助けた後に滅ぼすでもかまわないさ」


「良いのかよ」


「君と違って、私は人類が嫌いなんだ。もっとも、そのためには一度人類を助けないといけないだろう? うまくやりたまえ。二度目の生は」


「お前もいつか殺してやる」


「それは助かるね。握手は苦手かな? じゃあハイタッチで……」


(しばし後、握手ではなくハイタッチの音が鳴る)

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ミノタウロスの慟哭 ~どうして旧人類は滅びへ向かうことになったのか~ 九十九 千尋 @tsukuhi

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