世界中の放送機器の電波ジャック 2036年4月1日
世界の主要都市を始め、多くのメディア機器、様々な電波が、
その時の記録を文字に起こした物である。
整えられた黒髪に黒縁眼鏡の小柄な日本人の少年が、緊張した面持ちで画面に映し出されている。
カイトと名乗った少年は、震える声を絞り出しながら、しかし強いまなざしで、その黒曜の如き眼でカメラを見る。
「皆さん、初めまして。僕はカイトと名乗る“ミノタウロス”です。今日はお時間を取らせ、並びに混乱を呼んでしまって申し訳ありません。しかし、事態は急を有するのです。少しだけ、お時間をください」
カイトは少し迷うそぶりを見せたが、他の、カメラに写っていないのであろう仲間から急かされて決心をしたように話し始める。
「僕ら“ミノタウロス”の仲間が、先日殺害されました。集団暴行の末に命を落としたんです」
画面に映っていない誰かが注釈を大声で付け加える。
「強姦されたんだ! 集団で! 頭を殴って、手足を縛って、喉を刺して! そうして殺したんだ! 俺たちミノはお互いの感覚を共有できる。つまり、あの強姦殺人を、俺たちミノは全員受けたんだ、あの時! 気色の悪い凌辱を! 死の苦痛を!」
カイトは苦しそうにしながら手を握り震え、そして続ける。
「感覚は、仲間が助けを求めてアップしたものでした。全員が被害を受けたというのは言い過ぎですが……多くの仲間が、彼女の惨状に同期体験しました。そして、彼女の悲しみと怒りも受け取ったんです」
眉間にしわ寄せ、何かをこらえながらカイトは堰を切ったように発言した。
「彼女だけではありませんでした。多くの仲間が、恐怖や偏見から来る差別などをきっかけに暴力を振るわれたり殺されていたんです。それを、対ミノタウロス用のセキュリティで、様々な情報機関や各国政府が包み隠してきた。
気に食わないと辱められて殺された仲間。無理解で怖いと判断され暴力にさらされ続けた仲間。“ミノタウロス”になったことで知識を得たことを妬みひどい扱いを受けた仲間も居ました。そして、国連で平等を訴えて撃ち殺された仲間。
僕らは人間です。脳に電子チップが入っていても、人間だったんです!」
そうして、涙を浮かべて訴える。
「もう、僕らは人間ではないのでしょう。人間とは違ってしまったことを、今の僕らはそれを誇りに思っています。
違うことを……『ああ、彼らとは違う』と思うと……安心してしまうんです。そういう自分が居るんです。僕は、人間でありたかった」
袖で涙をぬぐい、嗚咽を抑え込むのに少し時間を使って、カイトは泣きはらした目でカメラを見る。
「僕が、こうしてみなさんの時間を使っているのは、他でもありません。警告をしに来たのです」
映像が乱れ、一旦電波ジャックが終了するが、すぐにまた戻る。
「僕ら“ミノタウロス”は、新人類は旧人類へ戦争を開始する用意があります。もちろん、僕や僕の仲間たちは、それでも融和の道を模索しています。しかし……あなたたちは無理解が過ぎた。過ぎてしまった。
僕らは怒れる水牛の群れです。すべてを、旧人類の作った全てを破壊しながら突き進む
そして、カイトはカメラから目を逸らす。
「きっと、僕の脳を焼き切るために、僕ら融和派の行動を止めるために何人かの“ミノタウロス”が既に動いています。僕らは命をかけて警告を行いました。届くと信じて」
俯くカイトの目から光るものが落ちる。
「さようなら、皆さん。エイプリルフールだとしても、きっと許されないでしょう。それでも僕は、誰にも死んでほしくは……」
直後、カイトは目と鼻から血を流しながら崩れ落ちた。
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