黒子女

藍田レプン

黒子女

「女の霊が出るのよ」

 友人の女流作家、Uはこともなげにそう言った。

「部屋に?」

「部屋に」

「最近引っ越した家ですよね」

「家って言うかアパートだし、引っ越したのももう1年近く前だけど、そう」

「やっぱり白い服で長い黒髪の若い女ですか」

「あんたねえ、ふざけてんの? そういうベタな奴あんた一番嫌いでしょ。もしそうならあんたにわざわざ話さないわよ」

「じゃあ違うんですか」

「毎回違う」

「『毎回違う』?」

「そう、服装も年もばらばら。でもいつも洋服だから、古い霊じゃないっぽいけど」

「それはあなたの部屋が霊道になっていて、いろんな霊が通り過ぎているってことですか」

「違うわよ、最後まで話聞きなさいよ。女は同じ女、一人なの。でも出るたびに年が違うの。20代くらいの時もあるし、しわしわのおばあちゃんの時もあるし、幼稚園児くらいの時もある」

「可変なんだ。面白いですね。それは霊の意思で姿を変えてるのかな」

「わっかんないわよ会話なんてできないんだから。でも私のことは認識してるみたい。パソコンで原稿書いてたら見に来たりとかしてる」

「怖くないんですか?」

「最初はびっくりしたけど、なんかいいネタになるかなと思って放置してたら慣れた。で、なんかずっと一緒に暮らしてる、暮らしてるっていうのは変か。なんか付き合いが長くなると愛着が湧いちゃって、自分でネタにするのもなんか家族とか友達のこと切り売りしてるみたいでやだなと思って。だからあんたにあげるわこのネタ」

「私が書く分にはいいんですか」

「客観的に見る分にはいいのよ。それにあんたこういうレアケ(レアケース)の幽霊好きでしょ」

「はい、まあ好きですけど。でもどうしてその、見た目の年齢が出るたび変わるのに、同じ女だと思ったんですか」

「顔見りゃわかるでしょ、わかんないの? まああんた人の顔覚えるの苦手だもんね。顔の造りでわかるっていうのもあるけど、左目の下にね、ほくろがあるのよ。その女。だからみんな同じ女よ」

「はあ、なるほど」

「別に悪さをするわけでもなし、こっちが原稿修羅場の時は鬼気迫るもの感じるのか寄ってこないし、エロいことしてる時は出てこないし、なんか実家にいた時の家族よりも空気読むわよ、幽霊」

「居候みたいですね」

「たまに怪談で『うちにいるなら家賃払いなさいよ!』って言ったら消えた、みたいなのあるじゃない。消えちゃうとなんか寂しい気もするから家賃は取らない。ただで住まわせてやってんのよ。心の広い女でしょ私」

「心が広いというか、図太いというか、事故物件では無いんですよね」

「違うんじゃない? 不動産屋もそんなこと言ってなかったし、近所の人からもそんな話聞いてないし。と言っても仕事柄近所づきあいってほとんど無いんだけどね。恋人ができたらそん時はまたどうするか考えるわ」

「当分先になりそうですね」

「ケンカ売ってんのか、おい」

 まあ、当分は霊との同棲生活エンジョイするわ、と言って、Uは左目の下のほくろを掻いた。

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