第21話 テル
世界を救うヒーロー。才能で成り上がる主人公。圧倒的な力で他を平定する強者。子どもの頃、兄に借りた少年漫画の世界でキラキラと輝くそれらが胸に焼き付き、自分もこんなふうになりたいと思った。
夢は膨らみ続け、やがて形を変えて、小中学と卒業文集の「将来の夢」の欄には、恥ずかしげもなく「アイドル」と書いた。
そして目指した芸能界で、鳴かず飛ばずの地下アイドルをやっている。
ネットやら関係者やらから伝え聞く話以上に地味で過酷な界隈だった。ライブをやっても数十人キャパのハコも埋まらず、観客はといえばいつも来てくれる顔馴染みが十数人ほどだけ。合同ライブの握手会では他の子達にばかり客が群がり、私の前に立つ人間はうっとおしい目で私を視姦する。営業先でも堂々とセクハラを受け、業界の体質の古さとおっさん連中のいやらしさに鳥肌が立つ。
現実はこんなもん。私は叶いもしない夢を見てただけ。
今日もレッスンと打ち合わせの帰りに深夜、コンビニでビールを買い込み帰途につく。
ーーお疲れ。明日一緒にコラボカフェ行こうぜ。
通話アプリの着信が瞬く。小学校からの幼馴染だけが、私に優しい。
翌日、一応サングラスとマスクで顔を隠して携帯の位置情報を頼りに件のコラボカフェに赴くと、すでにそこに幼馴染がいてぶんぶんと大袈裟に手を振っている。
「いやー、推しのコラボメニューが今日までらしくてさ。逃せないじゃん? 流石にね?」
「そうだねえ」
幼馴染は元々テンションの低い人間だが、今日は比較的はしゃいでいる。推しの力は偉大だ。彼女の腕に手を回してピッタリとくっつきつつ長蛇の列をなしているカフェの前に並ぶ。彼女はスキンシップ過剰な私を特に咎めることもなく遊ばせていた。
その態度に甘えて、彼女の髪をくるくると弄んだり、ほっぺたを突いたりとさらに密着する。
「何? 嫌なことでもあったの?」
「やっぱわかる?」
「あんたが私に甘えてくる時って大体ストレス発散じゃん」
持つべきものは気心の知れた幼馴染である。ひらひらと手をかざして「もう降参」のポーズをとりながら、私は右足の義足ーーギアーズをカンカンと踏み鳴らして見せた。
「昨日営業に行った劇場の支配人だとかいうおっさんがさあ。私の義足、いやらしい目で見るの。若い女性なのに体が傷ついてしまって大変ですね、とか」
「それはキモいねえ…」
「"若い"、"女性"、"なのに"、"体が"、"傷ついてしまって"、"大変ですね"、って、なんだろうね。一語一句全部添削してあげたい」
「まあ、あんた舐められやすい顔してるから。昔から小動物系だってそこらの男や女に散々言われてたし」
「そこらの有象無象どもはともかく、君はどう思ってるのかな?」
わざと"小動物系"らしい表情とポーズをとりながら尋ねると、"そのノリやめて"なんて言って、彼女は実に嫌そうに眉を顰めるのだった。こう言うところが好きなんだ。私を特別扱いしない。
高校生だった折に、横転トラックの下敷きになって右足を失った時にも、彼女だけが私を"可哀想な被害者"ではなく、ただ"私"として見てくれた。彼女の前でだけ、私は飾らない自分でいられる。
そうこうしているうちに列は進み、私達二人も入店して席につく。
「ゆっくり食べたいけど同志達に少しでも席を譲るために、今日は回転率重視で」
「筋金入りだねえ」
そうして凄まじく合理的な動きと手順でコラボスイーツを注文し、スマホでフォトジェニックを意識した写真を撮り、無事彼女の推しのグッズもゲットして、私たちはホクホクしながら店を出た。
その間際、義足が軽く他の客の足に触れてしまい、相手が「きゃっ…」と小さな悲鳴をあげる。「すみません」と反射的に謝ってしまってから、私のこう言うところが舐められるんだろうな、なんてこんな時なのに反省会を開いて暗い気持ちに引っ張られる。
と、傍から手を伸ばして私を支えた幼馴染が、
「この子の義足、かっこいいでしょ」
なんて完璧な微笑みを浮かべながら言うのだった。
恥ずかしさではない理由で相手客が顔を赤くして、私も釣られて赤くなった。本当に男前なんだから、この女は。
「ねえ」
二人で駅に向かって歩きながら、私は彼女に向かって問いかける。(ずっと私と友達でいてくれる?)
「今度のライブ、見にきてくれる? ユニット結成二周年なの」
「おー、いいぜ。今日付き合ってくれたお礼に、私も一日付き合うわ」
彼女の頭の中を占める推しだけの空間に、私の存在がほんのちょっとでも面積を占めてくれていたら。
「よーし、今日は呑むぞー!」
「アイドルが居酒屋は色々とまずいから宅飲みでな」
翌日、私は二日酔いの頭痛で一日グロッキーなまま過ごすことになるのだが、幼馴染が悪酔いした私を丁寧に介抱してくれたから、なんの、今日も頑張れる。
心の中では、あなただけの私。
ギアヴァリアント 山田 唄 @yamadauta
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