吸血鬼の朝は早いわ。まずは生き血を啜り体調を整えるのよ
奇蹟あい
私のモーニングルーティーン
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
5時50分。
朝、目覚まし時計が不快な音を立てて私の睡眠を妨げる。
もう起き上がって、急いで集合場所に向かわなければいけない時間ね。今朝はあの子たちのライブがあるから、いつもより早起きをしなければいけないわ。
目覚まし時計のアラームで起きるのは体に良くないのだけれど、今日ばかりは仕方ないわね……。
それにしても眠いわ。
吸血鬼の末裔たる私が、日の光を浴びながら目覚めるなんて自然の摂理に反しているのよ。日中はこの棺桶の中で寝ていないと……。でも、それだと仕事にならないから仕方なく人間たちの生活に合わせてあげてるのよ。感謝なさい。
5時51分。
いい加減にもう起きないと。
私は両手に力を込めて棺桶型のベッドの蓋を持ち上げる。
ギギギ――。
蝶番がきしむ音がしてゆっくりと棺桶の蓋が開いていく。
まぶしい……。
誰よ、遮光カーテンを開けっぱなしにしてるのは。って、この部屋には私しかいないわね。昨晩バルコニーで眷属召喚の儀のステップ186までやった後にそのまま寝てしまったんだったわ。ステップも残り半分まできたけれど、やけに手順が多いわ……。栞さんに渡されたこの本、本当に信用できるのかしら……。
そんなこと考えている場合じゃないわね。急ぎましょう。
5時52分。
さて、私のモーニングルーティーンを始めるわ。
まずは冷蔵保存してある新鮮な生き血を啜って体調を整えないと。
着替えている時間もメイクしている時間もないから、そのまま集合場所に向かいましょう。マスクをつけて行けば平気よね。
ああ、おいしいわ。
体に染み渡る。
生き血はやっぱり食塩無添加に限るわね。
そういえば今日のライブでは私も出番があるんだったわ。
それにしても、なんでマネージャーの私が舞台に立たないといけないのかしらね……。栞さんは「考えるんやない。感じるんや」って言うけれど、ちっとも理由がわからないわよ。
私は吸血鬼の末裔なのよ。
私の≪魅了≫の魔法であの子たちのファンが増えたとしても、それはフェアじゃないと思うのよね。あの子たちには実力でトップアイドルの座を勝ち取ってほしいもの。
実力よ、実力。
そうよ! 爆弾テロの犯人は許せないわ。でも、まだしっぽがつかめない……。私の力をもってしても正体を暴けないなんていったいどういうことなのかしら。もしかして相手は人ではない? もしかして、相手は同じ吸血鬼? 仮に魔法で認識阻害をされているとしたら、この事態もあり得ない話ではなくなるわね。でもその確証はないわ。なんとかして手がかりをつかまないと……。
そんなことを考えている場合じゃないわ。もう出発の時間!
急いで部屋を出て、集合場所に向かいましょう。
朝が弱い私だって、目覚まし時計という呪いのアイテムを駆使すればちゃんと時間通りに起きて遅刻せずに到着できるのよ。
これで楓の驚く顔が見られるわ。
私のことを見直すかしら?
そうしたら、ご褒美をもらわないといけないわね。
ああ、そろそろ本当に楓の生き血がほしいわ……。
あの時は、ほんの少し舐めただけだもの……。
朝のトマトジュースなんかじゃ満足できない……。
私が育てた私の楓……。
でも無理やりは嫌なの。
身も心もほしい。
私の眷属になってほしいの。
だけどまだ焦ってはダメね。
時間はある。
少しずつ楓が私に興味を持ち始めているのを感じるもの。
最後に選ばれるの私。
って、そうじゃないわ。
私が初めての相手に選んでいるんだから光栄に思いなさい。
本来ならあなたのほうから来るべきなのに、これだけ私のほうから声をかけてあげてるのよ。
だけど、楓が躊躇しているのには、やっぱり零さんの存在が大きいのかしらね。
仙川零。
麻里さんが連れてきた謎の存在。
あれはそもそも人なの?
最初出会った時は本当に戸惑ったけれど、楓を中心に話をしていると、なぜか気にならなくなってくるのよね。初対面の時に感じた不思議な感覚が薄らいでいく気がする。
ちょっと変わった子なだけ?
麻里さんが連れてきたんだから、そんなはずはないわよね。
でも害意はない。
私たちの仲間だわ。それはわかる。
だけどね、零さん。楓を手に入れるのは私。
そこは絶対に譲れないわよ。
ちょっとおっぱいが大きいからって……私だってあと1年か2年もしたら……。
はっ! まさか零さんは麻里さんからなんらかの薬を投与されてあんな体に⁉
ありえない話じゃないわね……。楓のお世話係としてあのおっぱいが必要だったとか……。これは本格的に調べてみる必要がありそうだわ。
* * *
「で、結局、今朝もその棺桶は起きてこなかったわけ?」
遠くのほうでぼんやりと楓の声が聞こえる。
「せやで……。棺桶型ベッドにキャスターをつけておいたからなんとかうちの力でも運び出せたんや……」
「お疲れ様だよ。でもさー、もうライブがある日は前日からマイクロバスの中に放り込んでおこうよ。毎回こうなるじゃんか」
「栞、ごめんなさい! それは私が運ぶべきだったわね! 花さんと警備体制についての打ち合わせが長引いてしまって……」
「ええんやで。ウタちゃんのお世話はうちの仕事の1つでもあるんや」
「シオは忙しいんだから、そんな仕事してる余裕ないでしょ……。朝くらい自分で起きさせなよ。マネージャーとして当然の責務だよ」
「朝起きるのはマネージャーとして当然の責務なんですね。『全自動お助けモード』サービスは終了したほうがよろしいでしょうか」
「それは……レイ……」
「冗談です。わたしはいつだってかえでくんの味方です」
「レイぃ」
くっ。また零さんの好感度が上がっているわ。まずいわね。
わたしは勢いよく棺桶の扉を開く。
「みんな、おはよう。良い朝ね」
一斉に視線が集まるのを感じた。
「おはよう。今お目覚め?」
「おはようございます」
「詩、おはよう」
「ウタちゃん、おはようさん。今朝は運んでいる最中、ずっとむにゃむにゃ独り言を言うとったね。どんな夢をみとったんや?」
ということは、さっきまでのは夢?
私のモーニングルーティーンは?
「へえ。夢? ウタの夢かあ。ボクも興味ある」
楓が私の顔を見つめてくる。
はっ! 私すっぴんじゃないの! マスクもしてないし、髪ボサボサ⁉ もしかして目ヤニついてる⁉
「どうしたの、急に挙動不審になったりして? あ、口元によだれが。ウタはかわいいなあ」
楓が私の口元をハンカチで擦る。
「ちょっと! 私の体液に触れたら!」
「はいはい、眷属になっちゃうかもしれないね。その時はよろしくねー」
にこやかに微笑む楓の手は止まらない。
もうっ!
不意打ちで≪魅了≫の魔法をかけるなんてひどいわ……。
吸血鬼の朝は早いわ。まずは生き血を啜り体調を整えるのよ 奇蹟あい @kobo027
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