第8話 ハヤタ(とアキコ)よ永遠に


(初出はKAC20248。お題は「めがね」です)


 * * *



 M78星雲の連邦議会の一室で、ハヤタは憤慨していた。

 百万光年の距離の旅路を疾走し、とちゅう赤色彗星のやつらが行く手を阻まんとするのもねじ伏せ、わずか二十三時間で母星にたどり着いたまではよかったのだが、この星の為政者たちがまるで話にならないのだ。


「ほお? 侵略者とまちがえて? ホーミング星人が我々の使者であることを、地球人は知らなかったと?」

「だがなぜ、きみは地球人に教えてやらなかったのだ? ホーミング星人が我々と友好な関係にあることをもちろんきみは知っているだろう? 彼らが地球を侵略することなどあり得ないのに」

「ふむむ? 地球人と見つめあっていたので使者の到着に気づかなかった?」

「なんと!」

「けしからん」

「じつに興味深い……」


 ざわめきが議場にひろがった。

 言いわけの余地なき職務怠慢への非難が囂囂ゴーゴーたるなか、加えて異星愛の危険な香りを嗅ぎつけ顔をしかめる者たちや、ごくごく少数ながら禁断の恋愛にキュンと萌える者まで、みなそれぞれ好きなように叫んで公聴会は紛糾し、一向に前へ進む様子がない。

 こうしている間にも、刻一刻と、地球への総攻撃は迫っているのだ。


「いささか責任感が足らんのじゃないかね」

「使者が斃されるまで気づかないとはねえ」

「異星人なんぞに誑かされおってのお」

 ハヤタがぴくぴくっと反応する。

「わたしが異星人に……だと?」

 これには断固抗議せずにいられなかった。

「聞き捨てならない侮辱だ! 撤回を要求する!」

「はてさて」

 議員の方は余裕たっぷりにハヤタを制するそぶりで片手を上げた。

「異星愛を侮辱というのがそもそも差別的なのだよ。性的少数者を色メガネで見るのはよしたまえ」

「これは一本とりましたな、議長?」

「まあまあ」

「いやいや」

「ところで」

 と老獪な議員連は話題を転じた。

「ハト(トリ型のホーミング星人はM78星雲では「ハト」の愛称で親しまれている)は地球では平和の象徴と見なされていると聞いたが。であるにもかかわらず彼らは容赦なく虐殺した、じつに残虐で好戦的なおそろしき生命体と見えるな。くわばらくわばら」

「じゃが、ホーミング星人が我々の仲間であることを地球人が知らなかったという釈明は、一応、理が通っているようじゃぞい」

「それは言い訳に過ぎんな」

「だいたいこの男が、地球人に根回ししておかないから……」

「ですが!」

 とハヤタはたまらずさえぎった。

「我が連邦の科学技術も生態も社会も星際関係も、あれもこれもみな極秘情報だからいかなる情報供与もまかりならぬと、そうおっしゃったのは、あなた方ではないですか!」

 議員たちは互いに顔を見合わせた。

「……そこをなんとかするのが、の仕事ではないのかね?」


 ハヤタはまたまた憤怒した。

 OKYだ、このヤロー。

 唇を噛み、拳を握り、もうすこしで光線――宇宙のなみいる猛者どもをも恐怖でちびらせた伝説の必殺光線を議場で無差別乱射するところだったが、そんなことしても地球を救うどころか事態を悪化させるだけだ。ハヤタは怒りを呑みこんだ。


 ちなみにOKYとは、OまえがKて、Yってみろ! の頭文字をとったもので、現地の苦労も知らずいい気になってあれやこれや注文つける本社の偉いさんに対して駐在員が投げつけた血の叫びが淵源であるらしい。自らの進退を賭してふり絞られた叫びは、世界に散らばる全海外駐在員たちの激しい共感を得たという。

 このような言葉まで知っているあたりにハヤタの原住民リサーチの念の入りようが表れているといえようが、残念ながらその熱意は母星の議員たちには伝わらなかったようだ。

 じりじりと時間だけが過ぎていき、気がつけばもう、運命の二十四時間を越してしまっている。ハヤタの額に絶望の汗が浮かんだ。



 …………



 そのころ地球では。

 怒りの鉄槌をくだすはずだった第一次膺懲隊は、その爪と牙とをすっかり抜かれて地球上空をふらふらさまよっていた。

 発端はアキコ隊員の電撃訪問である。


 成層圏を越えて単身乗り込み、司令官に直談判を申しこんだアキコ隊員の清冽なすがたに、司令官はいっぱつでヤられてしまった。モロボシ司令官はハヤタとちがって異星愛OK、むしろ禁断だからこそ激しく切なく萌えあがってしまうんじゃねえかバーローと熱く語る異星愛推しだったのである。

 アキコ隊員のうるわしき色香は普遍的かつ汎時空的で、異星人であろうと全身くまなく官能の洪水に溺れさせるに十二分だ。

 メロメロになってしまったモロボシはメガネ型変身道具をアキコ隊員に差し出し、偽りなき愛と服従の証とした。

 ひざまずく司令官を見、他の膺懲隊員もつぎつぎと雪崩を打つようにアキコ隊員のまえにこうべを垂れたのである。

 ひれ伏す異星人たちのまんなかにひとり立つアキコ隊員は、まるで金色の野に降り立った天使のようであったとM78星雲にまで語り伝えられている。言うまでもなく彼女がまとっていたのは青い衣だったそうだ。



 かくして地球は破滅をまぬがれた。

 ついでのおまけにモロボシというあらたな戦士まで手に入れたのだがどうやら彼は、アキコ隊員だけに愛と忠誠を誓う親衛隊長であって地球防衛にはさっぱり興味ないらしい。

 アキコ隊員はといえば――男が愛を誓ったところでやすやすと愛で酬いる女ではない。それがたとえ銀河一の軍団の総司令官であろうとも。

 モロボシの求愛を優美にかわしながら、M78星雲からとぼとぼハヤタが帰ってきたら彼をどうなぐさめてあげようかと、アキコ隊員は今日も婉然と微笑んで待っているのである。



(おわり)



※ このシリーズ全編通していろいろパロディが入っちゃってますが、原典を敬慕するがゆえですので、笑っておゆるしくださいませ。


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百万光年の彼方にて 久里 琳 @KRN4

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