第7話 ハヤタの弁明
(初出はKAC20247。お題は「色」です)
* * *
しのつく雨で春の隅田川が遠くかすんでいる。
箱の色は移りにけりないたづらに――
うす
むろんアキコ隊員は容色のおとろえを気に病む
そもそも彼女の容色に一片のくもりさえ
それに第一、いま色の移ろいを問題にされているのは例の「触ってはならない」とハヤタに重々念押しされている箱なのだ。
もともと青みがかった黒色だった箱が昨夜は黄色みが増したように見え、もしや目の錯覚かもと今朝また見ると、こんどはほんのり赤くなっている。見まちがいではありえない。
箱の色にハヤタが気づいたのはその直後だ。
「まさか」
さっと顔色を変え、あわてて部屋からアキコ隊員を押し出し扉をしめた。
箱を手にとり、色をたしかめる。箱の赤みは時が経つほどに鮮明になり、まるでなかで火が燃えているかのようだ。
これは非常事態を意味している。不吉な胸さわぎとともにハヤタは箱を開けた。箱の底にはメッセージカードが一枚。
ハヤタは手にとりカードを見た。すると白一色のカードがかすかに発光し、メッセージがハヤタの脳内に飛び込んできた。
M78星雲のメッセージカードは受取人の分泌物と網膜の二重認証で起動し直接脳へとメッセージが伝えられるため、本人以外には情報漏洩し得ない仕組みだ。(M78星雲においては脳内をハックする非合法技術も存在するが、一般人が扱えないよう厳重管理されており、違反者への最高刑は禁固二万八千年および医療権の剥奪である)
母星からのメッセージはハヤタを震撼させた。
メッセージに曰く――
先日派遣されたホーミング星人が地球で消息を絶ったのは地球人の攻撃によるものと推定される。かかる事態はM78星雲への敵対行為と認定するに十分であり、議会は断固たる対抗措置をとるべく全会一致で法案十七万三五二八号を可決した。
すでに地球への第一次膺懲部隊が編成・派遣され、近日中に地球圏に到着する予定である。部隊司令官には地球の処分に関する全権限が与えられており、惑星破壊の可能性も排除しない。
しかしながら、我が連邦は攻撃開始前に地球側の弁明を聞く用意がある。
もし地球とその住人のために擁護する気があるならば、三日以内に出頭して報告せよ。
なお貴殿自身についても、地球圏内でホーミング星人を保護せず死に至らしめた職務怠慢および通信箱の秘密保持違反の廉で査問委員会が告発準備中であるので、そのよう心得ること。
署名は二日前である。つまり弁明するための猶予はあと一日だ。
ハヤタは激怒した。
この距離で出頭とか、無理言いやがって。
だが愚痴っていても仕方がない。即刻M78星雲へ向かい、連邦大統領と議会の面々へ事情を説明して、必ずや懲罰の決定を覆さねばならぬ。
ハヤタは箱に飛び込み、はるかなM78星雲へ向け走り出した。アキコ隊員にはなにも告げていない。説明の時間をさえ惜しんだのだ。
人類滅亡まであと1日。
とちゅう敵対する赤色彗星の妨害も予想されるなか、はたしてハヤタは間に合うのか……?
※ たしか「箱」による物質伝送は物質をいったんデータ化するという仕組みで行われるので、母星まで走っていくなんてことはないはずですが、、細かいこと気にしちゃいけません。
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