第6話 ハヤタの不幸な行き違い


(初出はKAC20246。お題は「トリあえず」です)


 * * *



 部屋の中央に置かれた箱は、ハヤタとM78星雲とをつなぐ装置だ。

 約50センチ四方の黒っぽい箱は、用途も機能も一見しただけでは想像できないだけに異様な印象を見た者すべてにのこさずにはいないのだが、目下のところはマンションの一室でだれの目に触れることもなくおとなしくしている。


 このというのが問題で、ハヤタは心中おだやかでない。しばらく前に出した転属願いへの返事がこの箱を通して伝達されるべきところであるのに、未だなんらの反応も返ってこないからだ。

 彼のモヤモヤは同居人であるアキコ隊員もとうから察知しており、箱の動静にはひとかたならぬ関心をもって注視している。

 宇宙怪獣は律儀に毎月襲来し、高気圧と低気圧とがせめぎ合うたび春らしい便りが人々の心を明るくしつつある今日この頃、ハヤタの心待ちにする便りだけは訪れる気配がない。


 いつまでも開くことない箱は不良機械で、それをあやつる母星の連中はとんだ職務怠慢ではないかとハヤタは不満を抱くわけだが、母星には母星の言い分があった。

 問題はハヤタの同居人である。そもそも他星の知的生命体に、M78星雲の最先端技術の粋をつくした箱を瞥見さえ許してはならぬところを、あろうことか手に触れじっくり観察できる危険状態に置いてあるとは言語道断。国家安全保障法および国家機密情報保護法ならびに星間貿易管理法その他二十七もの法に関する重大な触法行為と言わざるを得ない。

 たださえかくも危険な状態であるのに、第七世代マザー・コンピュータのはじき出した託宣によれば当該同居人の頭脳は同惑星最高度の論理分析能力を持つのみならず直感力想像力の鋭さに於いてはスカウターを破裂させるほどであって、つまりは彼女と箱との接触がいかなる災厄に帰結するかはまったくもって予測不能なのである。

 彼女の目に触れる可能性ある状況下で、軽々に箱を作動させることなど決してあってはならぬとマザー・コンピュータが判断したのも当然と言えよう。


 もちろんハヤタへの警告も必須である。箱を使っての連絡が不可とされるなか、M78星雲の首脳が選んだ伝達手段は、太古に於いて使用されていたとされる伝書バト復活であった。

 むろん並のハトではない。

 宇宙でも数すくない、生身でのワープ航法を体得したホーミング星人による伝言サービスである。

 箱を使用してのメッセージ伝達・物品移動技術確立よりこのかた商売もちょっとばかり左前ぎみなトリたちをとりあえずの代替策として使ってやろうというわけだが、ホーミング星人にとっては複雑な心境だ。こまったときだけ調子よく頼ってきやがって……と内心おもしろくないとはいえ商売は商売、お客さまは神さまなのである。

 卑屈な笑顔でありがたく注文を承ったあと恒星ウォッカを片手に飲んだくれ、やさぐれてしまったのも已むを得ざるところではあるだろう。


 思えば不幸な行き違いであった。


 地球上空にとつぜん現れた巨大な伝書バト型の生命体を見た科学特捜隊は地球に仇なす宇宙怪獣来襲と誤認し、ただちに迎撃に向かった。(なにしろ彼は不機嫌きわまりなく、それが横柄で粗暴なしぐさとなって表れたため、地球人にすれば侵略者にしか見えなかったのも無理はない)

 一方ハヤタは、そのときもアキコ隊員の催眠の術中にあって彼女の手を握りっぱなしで、ホーミング星人の到着に気づくこともなかった。

 科学特捜隊の隊員たちは、(大いなる善意と少々の悪ノリで)アキコ隊員の道ならぬ恋を断乎応援してやろうと、今回はハヤタに頼ることなく自分たちだけで宇宙怪獣退治に全精力を傾けた。

 結果、五十七分二十三秒の猛攻によりホーミング星人は斃されてしまったのである。

 なお、ハヤタがその事件を知ったのは翌日のことだが、あわれなホーミング星人来訪の真の理由を知ることはなかった。



 かくして型星人はハヤタに、M78星雲からの重要な警告メッセージが伝えられることもなかった。

 この不幸な行き違いがなにものを齎すかは、このときだれも気づかなかったのである。





※ あらぬ疑いをかけられ葬られたホーミング星人の冥福をお祈りいたします。


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