百万光年の彼方にて

久里 琳

ハヤタの孤独な戦い


 ハヤタには三分以内にやらなければならないことがあった。

 今日もどこぞの星の人がいっちょ大暴れして名を上げてやるぜって鼻息あらく春の大地に降り立ったのだ。

 この惑星の住人たちは根っからの平和主義者ってわけでもないくせ他の星からやってきた客人がてめえの庭で暴れていてもたいして反撃しない。反撃できるほどの武力も用意していないし。

 それじゃあそこらの町が殲滅され人死にもたっぷり出るからなんとかしてくれと住人たちは声たかだかに要求する。政府は批判にさらされる。でも政府には武力をもつ権限もお金もないってんで困った客人の対処はハヤタに丸投げするのが最近お決まりのパターンになっていた。


「それが仕事だってんならやるけどさ」

 と昨夜もハヤタは同僚にぼやいたものだ。梅酒ロックとをつまみに。

「最近どーもその、感謝っつーかさ、そーゆーのなくなってない? とーぜんあんたの仕事でしょ、みたいな。もたもたしないでさっさと片づけてよ、みたいな」

「じっさいのとこ感謝してるやつは多いと思うぜ、表に出てこないだけで」

 そうなぐさめて同僚は焼き鳥を一串ハヤタに分けてやった。

「こないだの世論調査見た?」

「……あー、あれな」

 同僚は遠い目をして、言葉を濁す。

 先日パリピ星人を倒したときに勢いで小学校の校舎もひとつ倒壊させちまって以来ハヤタ人気は凋落著しく、先日とうとうハヤタ支持率は史上最低を更新したうえ不支持率をも下回ってしまったのだ。

「小学校ってのがまずかったよな。大学の校舎ならそこまでイメージ落とさなかったろうし、儲かってる会社の本社ビルなんかだったらむしろよく壊してくれたって喝采されたかも」

「ついてねー」


 そしていま、ハヤタが対峙するのはロデオ星人だ。

 ロデオ星は広大な草原で放し飼いされたバッファローが名産品で、なかでも中緯度の亜乾燥帯に産するものが最も美味とされている。

 ハヤタは敵をまえにしながら口のなかに唾液が分泌されるのを止められなかった。そうこうするうち残り時間は二分を切っている。

 急がなければと思うが最近うまい肉を食べてないなあと思うとハヤタの戦意は萎えてしまう。生傷は絶えないしへたすりゃ死んでしまうほど危険な任務だってのにろくな報酬もなくこき使われ、この惑星の住人たちからは評価されず、もしかしたら敵のならず者の方がよほどうまい肉食ってんじゃね? とか思った日にゃばからしくてもお、やってられるかってなもんだ。

 しかも当てつけみたいにロデオ星人のやつは本星からバッファローの群れを召喚しやがったのだ。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 いまは奴らのこと旨そうだなんて言ってる場合じゃない。もたもたしてると町が壊滅させられてしまう。

 突進を正面から受け止めては投げ、暴れ猛る奴らを打ちすえ、一匹ずつ動きを封じ込めていく。横たわる無数のバッファローどもの怨嗟のうめきで地上は満たされる。

 動物愛護協会がきっとあとから苦情をやまほど寄せまくるんだろなと思うと気が重くなる。残り時間が一分を切ったと胸のタイマーの警報がせっつく。わかったからそのくそったれな音を切れとハヤタは心のうちで毒づく。そりゃ毒づきたくもなるよと思うがそれを声には出せない。出したが最後、SNSが炎上するから。

 そしてロデオ星人は不敵にわらう。てめえ、子飼いのバッファローがやられたんだからちっとは悲しむなり憐れむなりしてやれよと思う。ロデオ星人はまったく気にせず投げ縄を振りまわして挑発する。殺意がわく。

 必殺技でケリをつけたいとこだがハヤタはぐっと飲みこむ。うっかり殺してしまったりしたら世間が騒ぐに決まっている。たとえ極悪侵略者であろうと、さいごは和解してめでたしメデタシってのがこの惑星の住人たちの規範スタンダードらしい。同胞が百人千人単位で殺されてるっていうのにたいした博愛主義だぜって思うがそんなモヤモヤももう麻痺してしまった。

 残るは十五秒だ。やっとつかまえたロデオ星人を裸絞めできっちり落としてハヤタはシュワッチと去っていった。どうやら二、三秒オーバーしてしまったのか途中気が遠くなったが気合で乗りきる。いつもぎりぎりだから最近胃が痛い。


 あとで一頭、息を吹きかえしたバッファローがさんざん暴れまわったおかげでハヤタの詰めが甘かったせいだと責任を問う署名が一万名を超えたとかなんとか。勝手にしやがれと安酒で酔いつぶれたハヤタをまあまあと同僚はなぐさめた。

 転属願いをM78星雲に出しているがまだ返事は来ない。



(おわり)


※ なにかを主張しようだとか批判しようだとかの意図はまったくありませんので、深く勘繰らずにバカ話を楽しんでいただければ幸いです。


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