【KAC1+】あと三分でほどかないと街や家が消滅する〜ユウとリョウタ〜

達見ゆう

厄介ごとを持ち込む奥様

 リョウタには三分以内にやらなければならないことがあった。


 目の前の動物が繋がれているロープをほどくことである。動物は子どものバッファロー。興奮して暴れるので冷蔵庫の食材を片っ端から持ち出して置き、なんとか何か食べてくれて少し落ち着いてきたと思ったら、スマホからの臨時通知には『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』のここへの予測到着時刻があと三分と来た。街の防災放送も速やかな避難を呼びかけている。


 何故、こんな破天荒な事態になったのか。話は少し遡る。


 〜〜〜


「ただいま~」


「おかえりなさい、ユウさん。飲み会どうだった? そして何か持ってきた?」


 妻が酔って帰ってきた。その際に僕は必ずチェックすることがある。時々、何か拾って帰ることがあるからだ。

 鉱石マニアだから、そこらの石ころの時はいい。怪力なので、デカい石を持ち帰ることもある。石だけではない。どこかの店の立て看板、有名チェーン店の人形を持ち帰った時は片っ端から問い合わせて平謝りで返しに行ったこともある。


「んー、バッファローの子どもを保護した」


「は???」


 僕は理解するのに時間が、いや素直に何を言ってるのかわからなかった。


「なんで日本にバッファロー? その前に保護? どうやって? どういうシチュエーション?」


「道路を歩いてたからぁ、どっかから逃げたっぽいのがいてぇ。車に轢かれたらかわいそうだからぁ、手持ちのロープで繋いで連れてきたのぉ。明日になったら交番に連れてくよぉ」


「生き物拾ってはだめだよ、マンションなのに。いや、その前に手持ちのロープとかツッコミどころ満載なんだけど」


「ねむぅい……」


 そのまま妻は玄関先でふにゃふにゃと寝てしまった。とりあえず彼女をベッドに運び、バッファローとやらを探しに廊下へ出た。酔っぱらいのたわごとなら良いのだけど。人形の件もあるから油断はならない。


 ドアを開けて見渡すが廊下にはいないようだ。そもそも、ここは三階だからエレベーターには乗せられない。ならば駐車場か。ここの駐車場は地下と地上の二種類がある。同じ理由で地下にもいないだろうから、地上の駐車場だろう。僕はそこへ向かった。


 結論から言うとそこにバッファローの子どもはいた。本当にロープでマンションの柱に繋いである。無理やり連れてこられたのだろうか、少し興奮していた。


「あわわ、結婚してから最大級のヤバい拾い物だ。何か食べさせて落ち着かせないと」


 慌てて僕は部屋に戻り、何を食べるか分からないから検索もそこそこに野菜や肉など片っ端からエコバッグに詰め込んでいた時、夜中なのに防災放送が響いてきた。


『こちらはS市役所です。『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』の進行予測コースにS市内A地区とC地区が入りました。到着予測時刻は午後十時三十分頃です。該当する住民は速やかな避難をお願いします』


 理解が追いつかない、妻がバッファローの子どもを拾い、その直後に群れがこの地区にやってくる。その前にそんな大群が出現したニュースは聞いてない。


 ゼロコンマ数秒で、自分が風呂に入っている時間に何らかの理由でバッファローがどこからか逃げだし、はぐれた子バッファローを妻が無理やり保護した。彼らはにおいから子の行方をたどり救出しようと、ここへ向かっていると仮説を立てた。正しいかどうかわからないが、状況がやばすぎるのは明白だ。


 マンションなら大丈夫だろうが、繋がれている柱や一階が破壊されて傾く恐れもある。地下駐車場なら出入り口さえ塞げば避難できるだろう。廊下からも『地下駐車場へ逃げるぞ』と近隣の方達の騒がしい声がする。


「ユウさん、起きて! 理由はあとで話すからこの寝袋持って地下駐車場で寝てて!」


「んあー、あと五分」


 やはり寝起きが悪い。何度揺すっても声をかけても「うーん、眠い」しか答えない。ええい、最後の手段だ。


「言う事聞いてくれたら、欲しがっていたユークレース買ってあげるから!」


 お高いコレクター石の名前を言った途端にガバっと起きて、寝袋とスマホ抱えて飛び出して行った。


 よし、なんとか妻の避難は終わらせた。僕は夫として責任を取ってさっきの場所へ戻り、バッファローの猛進を止めなくてはならない。エコバッグを抱えて走ったがエサを食べさせるなど、かなり時間をロスしてしまい、臨時通知の『あと三分』に至る訳だ。


 観察するとロープというより、洋服のウエストの紐みたいなものだ。だが、結び目は結構固い。これでよく子どもとはいえバッファローを連れてこれたものだが、酔っぱらいの行動にうだうだしている時間はない。臨時通知も『あと二分』『あと一分』とカウントダウンを始めている。


 慌てて出てきたから、切る道具もない。

 ポケットをまさぐったり、周辺に何か代用になる物が落ちていないか見渡す。

 すると少し離れたところにキラッと光るそれを見つけた。


「クリップだ! それも太いやつ! これならいける!」


 僕はクリップを広げて針金にして、首の結び目に差し込み引っ張る。すると、嘘のようにスルッとほどけた。


 その瞬間、子バッファローはすごい勢いで走り去っていった。多分、親たちの群れの気配を感じ取って向かったのだろう。


 その時、臨時通知は『到着予測時刻です! 速やかな避難をして!』と来た。少なくともこのマンションに突撃する事態は避けられた。


「た、助かった。ユウさんと合流しなきゃ」


 僕は地下駐車場に向かうと開けてくれて、妻と合流することができた。


「リョウタ、周りの人の話と通知で避難した理由を知った。なんで一緒に避難をしなかった?」


 妻が不思議そうな顔で聞いてくる。一連のことを覚えていないようだ。ここで説明すると他の住民から原因を作った犯人としてバッシングされるのが目に見えている。


「が、ガスとかブレーカーなど危ないものをチェックしてたから遅れた」


「慌てん坊だなあ。ガスは自動で止まるし、震度五以上になるとブレーカーが切れる安全装置を付けたじゃないか」


「う、うん。パニクってて見るまで忘れてた」


 とりあえず誤魔化せた。ホっとしたのもつかの間、爆弾発言が落ちてきた。


「リョウタ、約束守ったからこのユークレースを購入した。代金よろしく。いつかは欲しかった高品質の青いユークレース。嬉しいなあ」


 見せられたスマホ画面には「ユークレース 十五万円」の購入画面。


 一連のことは忘れてるのに何故ここだけ覚えているのだ。そして、ユークレースはコレクター石と知ってたがこんなに高かったのか。


 僕はめまいを起こしてへたり込むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC1+】あと三分でほどかないと街や家が消滅する〜ユウとリョウタ〜 達見ゆう @tatsumi-12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ