私、バリ子さん【KAC20241】

めぐめぐ

私、バリ子さん

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは、


「私、バリ子さん」

「え? バリ子さん? き、きゃ――」


 近道をしようと人通りのない暗い路地に入った女性が、私の名乗りを聞いて悲鳴をあげそうになった。が、女の喉を締めて殺した。


 だが、私のやらなければならないことは、ここからが本番なのだ。


 くたっとなった身体を起こすと、履いていた靴をぬがし、履いていたストッキングを足首辺りまで破る。――これで三十秒。


 女の髪を、バリカンで頭半分だけ刈り上げる。だが今日は時間がかかりそうだ。この女、髪の毛が長いから、バリカンで刈るには相性が悪い。

 でもまあ――大体でいいか。――これで一分三十秒。


 バリカンで髪の毛を刈り終わると、縄で全身を縛って、逆さに吊り下げる。

 これが一番大変な作業。


 そのさい、靴を脱いでいる右足は、まるでバレリーナが足を上げているように見えるように、縄を使って上手く固定をしなければならない。


 さあ出来た。


 私の目の前には、逆バレリーナのポーズで吊り下げられた、髪の毛半分バリカンで剃られた女の死体がぶら下がっている。


 よし、二分五十秒。新記録じゃないか?

 そんなことを考えながら、私は慌ててその場から、


 死体を見つけた悲鳴が響くのは、その後すぐだった。




 ――ねえ知ってる? バリ子さんの話。

 ――知ってる知ってる! 怖いよねー。

 ――確か出会って「私、バリ子さん」って言葉を聞いたら殺されるんだよね?

 ――そうそう、殺されたら髪の毛剃られて、バレリーナポーズで吊されるんだよねえー。

 ――後、靴とストッキングが嫌いだから、破ったり脱がせたりするんだって!

 ――それも全部、出会って三分以内にするんだっけ。人間じゃないよねー。

 ――昔、バレリーナを目指していたのに、そこのレッスンの先生に酷いいじめを受けて死んだ女の子の霊だって噂だよ? その時に、髪が長いからバリカンで剃られたりしたんだって。



 人々は、今日も噂をする。

 恐ろしい都市伝説を――



「……って、なーーーにが、バリ子さんだよ‼ てかやめろよ人間! そういう設定を作るのは!」


 女の子たちの噂話を影で聞きながら、私は頭を搔きむしった。


 私は――都市伝説として人々から語られた存在、バリ子さん。

 人間の噂話が力を持ち、霊として現れたのが私だ。


 私の【設定】は、人間が作る。

 つまり私の創造主は、都市伝説を信じ噂する人間たち。


 だから、人間たちの噂は……必ず実行しなければならない。

 でなければ、私の存在は消滅してしまうのだ。


 靴を脱がしているのも、ストッキングを破っているのも、頭を半分、右手を変化させたバリカンで剃っているのも、逆さバレリーナポーズで吊すのも、



 全部全部全部全部ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶ!

 人間たちが、そういう噂をして、私に設定を付け加えているからなのだ‼


 いや、まじでなんだよ。

 バレエのレッスンの先生のいじめで死んだ女の子霊っていう設定……知らんぞ、そんな奴。


 それにバリ子ってなんだよ!

 絶対にバリカンから来てるだろ‼ バレエ教室で虐められて死んだ設定、どこいったよ!


 せめて、バレ子にしてやれよ‼

 名前に入れて光り当ててやるの、絶対その部分だろうがっ‼


 人間の噂が私を形作る。

 私は、人間の噂通りにしなければ存在できない。


 だから……


 ――ねえ、知ってる? バリ子さん、犬が嫌いだから、バリ子さんに出会ったら犬の真似をしたら逃げるんだって。


 犬、好きだっっっっつーーーーの‼


 だが、こうやって新たに設定が追加されれば、その通りにせざるを得ないのだ。


 あー……、じゃあ次から、犬の鳴き真似したやつは見逃さないといけないなあ。

 まあ、それくらいはいい。全然許容範囲なんだけどさ。



 その三分で諸々やっちゃうっていう設定だけは、霊とはいえ、いっつも間に合うかヒヤヒヤしているから、なくなってくんないかなあ……

 

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私、バリ子さん【KAC20241】 めぐめぐ @rarara_song

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