第43話

「いただきまーす」


「いただきます」


 目の前には青菜の入ったほかほかのおかゆが二人分並んでいる。


「塩かけてるから、普通に食えると思うぞ」


「ありがとうございます。……ファルさんもおかゆでいいんですか?」


「俺もあんまり食欲ねぇんだ」


 スプーンに取り口に含む。ほのかな塩気とくたくたの麦に青菜の舌触りが優しくて、食べやすい。


「やっぱりファルさんの作るご飯は何でも美味しいです」


「ありがとなぁ。やっぱり大切な人に美味いって言われると……いいよなぁ」


 穏やかな時間が流れる。もぐもぐと黙って食べていると、ファルが口を開いた。


「なぁ、これからのことなんだけど」


「はい」


「多分俺たちは、これから非世界の調査に回されると思う」


「え……」


「デラニーはよくやってくれてる。俺たちの身柄の保護も、立場の保証も。でも、クオンが『堕落からできている』という仮説が浮上した以上、俺たちはこの世界から出ていかなくちゃならない。そのはずなんだ」


 冷静に考えたらそうだ。私の体は幻想世界の危機に十分なり得るのだから。ということは、私は彼を非世界まで巻き込んでしまうことになる。


「正直な話をすると、俺は非世界にはもう戻りたくねぇ。あんな醜悪な場所……嫌なことばっか思い出すから、本当に嫌なんだよな」


「すみません……でも……」


「でも、俺はお前と非世界に行く覚悟が出来てるぜ」


 心のど真ん中まで貫くような真剣な眼差しでこちらを見てくる。かと思いきや、ふにゃりと笑って楽しそうに話し始めた。


「クオンはこれから、どんな未来を築いていきたい?」


「未来、ですか……」


 どんな未来と言われても。人殺しをしなくて済む未来、美味しいご飯をずっと食べていける未来、過去のしがらみに囚われない、明るい未来……。


「うーん」


「俺はいっぱいあるぜ。美味しいもの沢山食べるだろ、金持ちにもなりたいな、勿論クオンが一緒にいるのは大前提でー、あ、学校にも行きたいな」


「私も、ファルさんの作った美味しいご飯をずっと食べてたいです。私の未来にもファルさんがいてほしい。あとは……」


 あとは――。


 彼は頬杖をつきながらゆっくり待ってくれている。


「非世界にある、美しい景色を見てみたいです」


 少しだけ目を丸くする彼。


「それで、そこには綺麗なお花が沢山咲いていて、空気も澄んでいて、今までで一番の絶景で」


「へぇ」


「その景色をファルさんと見て、非世界にもいい場所はあるんだなって、思わせたいです」


「……へぇ、ふーん」


 腕を組んで、何かを考えるそぶりをしているが、口角が上がっている。今が仕返し時かもしれない。


「もしかしてファルさん、照れてます? 照れちゃいました?」


「いーや? ただ、クオンの頭にはとてつもない量のお花が咲いてるんだなあって」


「う」


「非世界のこと知らねぇからそんなこと言えるんだよ。って、前までの俺なら言ってたけど。そうか、そうだよなぁ」


 彼が両手で顔を覆いながら、もごもごと喋る。


「調査ついでに探しに行くか。その絶景とやらを」


「ファルさん、顔が見えません」


「うるせー。あ、あと『ファルさん』禁止で」


「えぇ?」


 顔を見せた彼は、いたって普通の表情をしたファルだった。


「今すぐにじゃなくていいけど、俺たち一緒にいてもうだいぶ経っただろ? だから」


「わ、わかりました」


 でも、やっぱりさん付けで呼びたい……。恐れ多い。


「ま、好きな時にでいーぜ。というわけで俺は寝る!」


「え、寝ちゃうんですか」


 ぐぐーっと伸びをして、彼は椅子から立った。


「眠い! 考えること沢山! とにかく休みたい!」


「で、でも報告書とか」


「それは朝終わらせました! さぁ一緒に寝るぞー」


「え、ちょっとお皿洗いが」


「そんなの後でいいからー」と、彼は寝室まで行ってしまった。私も急いで彼の部屋に行く。そのまま彼と一緒に布団に入った


「デラニーから連絡来るまで俺は寝倒すぜ」


「……私もそうしようかな」


 非世界へ行くための覚悟とか、決意とか。そういうのをしなければいけないのは分かっているけれど、今は少しでも後回しにしたい。きっとそれは彼も同じなんだろう。


「そんじゃあおやすみ」


「おやすみなさい、ファル……さん」


「惜しいなぁ」という彼の言葉で会話は終わった。私は思考を整理するためにぎゅっと目を瞑り、意識を手放した。

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絡繰りと偽りの幻想世界~ユートピア~ 朱葉朱 @AYaHa_AYa

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