スタイン

第42話

 『私』はある部屋で吊るされていた。目の前には、少し老けた灰色の髪の男性がいる。


「やっと目を開けたね……君が三人目のローザだ」


 何を言っている。『私』は『クオン』。三人目なんかじゃない。代わりなんて誰もいない、たった一人のクオンだ。


「ちょっと待ってね、今動けるようにするから……」


 そう言って拘束具を外してくれた。


「さぁ、僕にキスをしてくれ……あの時みたいに、あの時みたいに……」


 目がぎらついている彼――スタインを見ると嫌気がさしてくる。でも、私の唇は吸い付かれるように彼の唇へ――。


 嫌悪感から目を逸らした時、腰には彼――ファルから貰ったレイピアが提げられていた。そこで、はっと金縛りのようなものから解けた感覚がした


「さあ、早く……」


「黙れ! 貴方のせいで……!」


 そうして、私は夢の中の、過去の存在にレイピアを突き刺した。


 ◇ ◇ ◇


 次の日の朝、目が覚めると隣にファルはいなかった。それでも私はもう少し寝たくなって、布団にうずまり目を瞑る。すると、がちゃりと部屋のドアが開いた。


「おーい……クオンさーん……」


「……ん」


「朝ご飯の時間ですよー……」


 黒いTシャツ姿の彼はゆっくりとこちらへ近づき、ベッドに腰を掛けた。そのまま優しく頭を撫でてくれる。それが心地よくて思わず微笑んでしまう。


「起きれそうですかー……」


「なんで敬語なんですか」


「なんとなく?」


 髪を耳にかけてくれる。


「今日の朝ご飯はおかゆです。腹減ってる?」


「うぅん」


「まだ作ってないから、寝たかったら寝てていいぜ」


「うぅん……」


 そうだ、夢のこと言わないと。


「夢を、見たんです。いつもの、好きだった人との夢を」


「うん」


「私はその相手を殺せましたよ。ファルさんのことを思い出せたから」


 彼は一瞬だけ目を丸くした。


「お、おう。……そうか」


「これで、いつ彼と対峙しても私は彼を殺せる気がするんです。私には、貴方さえいればいいから……」


「…………」


 ふっ、と息を吐いて、彼はベッドから立ち上がった。そしてそのまま伸びをする。


「なんだかなぁ。過去の俺を殴ってやりたいよ」


「どうして?」


「こんなに可愛くていい子を、自分の欲と願望のためだけに、ここまで汚しちまった」


「私は汚れてもかまいません。そのために拾われたんですから」


「……ほんと、こんな純粋でいい子をどうして――」


 がしがしと頭を掻き、もう一度こちらを見る。


「で、起きるの?」


「起きようかな……」


「じゃあさっさと起きやがれー!」


「うわぁっ、寒っ」


 布団を思いっきり引っぺがされた。私は思わずシーツにくるまる。一方彼はいたずらが成功して嬉しそうな、意地悪な笑みを浮かべている。


「おかゆ、すぐ作るわ。お前も顔洗って、ちゃっちゃと着替えるんだぞー」


「……はーい」


「あ、今日は休みだからスーツじゃなくていいからな」


 ぱたん、とドアが閉まる。私もベッドから立ち上がり伸びをする。


「んん~~っ。……よかった」


 よかった。昨日彼が言った通り、本当に『何も変わっていない』。逆に、ちょっとだけ仲が深まったのかもしれない。彼の辛いところも、私の未知のところも、お互いに知っていきながら受け入れ、認め合えている。


「……よしっ! 今日はいっぱいファルさんに甘えて、いっぱい休もう。何着ようかな……」


 何も変わらない、普通の朝。例えこれから先何があっても私たちは変わらないでいられる。変わったとしても、成長に変えていける。昔のファルがそうであったように。


『人に期待したくないんだよな』


 初めて出会ったとき、私は彼にそう言われた。でも、人ではない私でなら彼の期待に応えられる。


「私だって、過去に決着をつけて、貴方との道を歩みますから」


 まずは顔を洗おう。そう思い私は自分の部屋から出た。彼からもらった魔法石をちゃんと首に下げて。

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