後編
「だから、
放課後の教室で、天童は行儀悪く机に尻を乗せていた。
「背が足りねぇんだよ。おまえ。高下駄でかせいでるだろ」
「
下がり眉の
「わたしたちは大丈夫だから、ねっ。
ショートカットの女子がフォローにはいった。
女子の中でもナンバーワンの運動神経を誇る
みな、中等部3年B組のクラスメイトだ。
5人6脚を組んだ仲間である。
中等部3年の3クラスが、6組のリレー形式で勝敗を競う。
「ふん」
深町はふてくされたように、教室から出て行った。
(そもそも、わしは出たいなどとは言っておらん)
青臭い子供の行事などに深町は興味はない。
(ただ、若のなさることは参謀としてつかんでおかねばならぬから。それに)
「
背後から、小生意気そうな声が飛んできた。
深町がふりかえると、長い重めの前髪、肩までの黒髪、その涙袋のある涼やかな目の少女が腕組みして立っていた。
「考え中だ」
「
その少女、
「忘れてはおらぬ。学食のカレーを
深町は、茉奈に一目置いている。敵方の組織のトップの家系にして、なかなかの
「5人6脚競争は、中等部3年の体育祭メインイベントなの。この5人6脚競争を駆け抜けた5人は、永遠の友情で結ばれる。幼なじみの
「
「クラス委員である、わたしと
この女子は、深町と天童が敵方の人間だということを知っている。それでいて、そのことを見て見ぬふりをした。
「では、やろうぞ」
深町の虹色の脳細胞が動き出した。
「——今日は、わしを真ん中、左に女子勢、右に男子勢で走ってみたが。わしの左に
「——それだと、わたしが
茉奈の声が、心なしか上ずった。
「そうだ。手を腰に回し、できるだけ
それが駆け抜けるコツだ。
「え……。待って。
ばぁっと茉奈の顔が赤らむ。
「まずいのか?」
「ま、まずくはない、かな」
歯切れが悪くなる。
「待ったぁぁぁ」
そこへ猿田彦さんが駆けてきた。
「ごめん。話が聞こえちゃった」
どこにいたんだろう。地獄耳だ。
猿田彦さんは真剣な目をした。
「わたし!
猿田彦さんは、ずっと水無月君に片思いしている。
告白したいけど、今のいい関係を崩したくもないのだ。
(乙女やな)
深町も、そういう気持ちがわからぬでもないので、協力することにした。天童は
茉奈は高笑いした。
「幼稚園からの友にそこまで言われたら! わたしも密着しないわけにはいかないわね!」
「よし。そうと決まれば練習じゃ!」
その深町の指導は苛烈を極めた。
「ころぶのを恐れるな。前だけ見ろ!」
「はい!」(水無月)
「インコースから脚を数えて、
「おー!」(天童)
「かけ声は、
「はいっ!」(茉奈)
「コーナーに差し掛かったら、
「まかせてっ!」(猿田彦)
無駄に運動神経のよいメンバーなので、中学体育の域を超えて行った。
校庭のトラックが見える渡り廊下から、原ネクタル先生は、それを見ていた。
(大丈夫? ほら、つかまってよ)
思い出の中で、彼が手を差しのべて来た。
保健室までついてきてくれた。
エンドレスでくり返してしまう、思い出のシーン。
突然、連絡のつかなくなった。友。
(友だと思っていたのは、わたしだけだった)
「
国語教諭が、渡り廊下を通りかかった。
「5人6脚を走った仲間は、永遠の友情に結ばれるって、ね」
くっついてくる国語教諭は、私語を話すには最適の距離だ。
「聞いてる? あいつ、組織を抜けたって。いちばん、安定にしがみつくタイプかと思ってた。——知ってたの?」
「知らなかった」
「ふーん。あいつがいちばん信頼していた君にも言ってなかったってことは、わたしが知らなくても当然かぁ」
国語教諭は、ふんわりとした色のルージュのくちびるで、ふぅと、ため息をついた。
「今だけ言っとく。わたし、あいつのこと、ちょっと好きだった」
「だろうね」
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。
そんなコードネームのくせに、時々、仔犬のような眼をする人だったから。
これからも、ささくれのように思い出すのだろう。同期の彼のことを。
〈
天童君には秘密がある 4〈KAC2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm
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