後編

「だから、深町ふかまちには無理なんじゃね。5人6脚」

 放課後の教室で、天童は行儀悪く机に尻を乗せていた。

「背が足りねぇんだよ。おまえ。高下駄でかせいでるだろ」


天童てんどう君、そんなにはっきり言わなくても」

 下がり眉の水無月みなづき君が、いよいよ眉を下げた。


「わたしたちは大丈夫だから、ねっ。深町ふかまち君」

 ショートカットの女子がフォローにはいった。

 女子の中でもナンバーワンの運動神経を誇る猿田彦さるたひこさんだ。


 みな、中等部3年B組のクラスメイトだ。

 5人6脚を組んだ仲間である。

 中等部3年の3クラスが、6組のリレー形式で勝敗を競う。


「ふん」

 深町はふてくされたように、教室から出て行った。


(そもそも、わしは出たいなどとは言っておらん)

 青臭い子供の行事などに深町は興味はない。

(ただ、若のなさることは参謀としてつかんでおかねばならぬから。それに)


深町ふかまち。5人6脚、辞退する気?」

 背後から、小生意気そうな声が飛んできた。

 深町がふりかえると、長い重めの前髪、肩までの黒髪、その涙袋のある涼やかな目の少女が腕組みして立っていた。


「考え中だ」


猿田彦さるたひこの件、忘れてないよね」

 その少女、茉奈まなの視線は鋭かった。傲慢ごうまんではあるが、上に立つ者の責任を負った目だ。


「忘れてはおらぬ。学食のカレーをしょくしたおり、水干すいかんに散ったカレーを、猿田彦さるたひこ殿に染み取りをしてもらった恩義もある」


 深町は、茉奈に一目置いている。敵方の組織のトップの家系にして、なかなかの鉄扇てっせん使い。


「5人6脚競争は、中等部3年の体育祭メインイベントなの。この5人6脚競争を駆け抜けた5人は、永遠の友情で結ばれる。幼なじみの猿田彦さるたひこから、ぜひに、ぜひに、水無月みなづき君と走りたいとお願いされれば、一肌脱ごうという気にもなろうというもの」


茉奈まな殿は友思いじゃな。しかし、なぜ、そこに、わしと若が加わらねばならぬ」


「クラス委員である、わたしと水無月みなづき君が、はからずしも転校生のお世話をする係だから。そして、牽制けんせいの意味もある。おまえたちが、おかしな気を起こさぬように、な」


 この女子は、深町と天童が敵方の人間だということを知っている。それでいて、そのことを見て見ぬふりをした。


「では、やろうぞ」

 深町の虹色の脳細胞が動き出した。


「——今日は、わしを真ん中、左に女子勢、右に男子勢で走ってみたが。わしの左に天童てんどう、右に水無月みなづきを置きたい。トラックを走るとき、距離が多くなる外側は、猿田彦さるたひこ殿に任せる。茉奈まな殿は、インコース」


「——それだと、わたしが天童てんどうのとなりじゃない!」

 茉奈の声が、心なしか上ずった。


「そうだ。手を腰に回し、できるだけ身体からだを密着しろ」

 それが駆け抜けるコツだ。


「え……。待って。天童てんどうと密着?」

 ばぁっと茉奈の顔が赤らむ。


「まずいのか?」

「ま、まずくはない、かな」

 歯切れが悪くなる。


「待ったぁぁぁ」

 そこへ猿田彦さんが駆けてきた。

「ごめん。話が聞こえちゃった」

 どこにいたんだろう。地獄耳だ。

 猿田彦さんは真剣な目をした。

「わたし! 水無月みなづき君と! 肩を! 組、み、た、い!」


 猿田彦さんは、ずっと水無月君に片思いしている。

 告白したいけど、今のいい関係を崩したくもないのだ。


(乙女やな)

 深町も、そういう気持ちがわからぬでもないので、協力することにした。天童は蚊帳かやの外である。そういう方面には無神経な男子なため、教えないほうがよいと判断した。


 茉奈は高笑いした。

「幼稚園からの友にそこまで言われたら! わたしも密着しないわけにはいかないわね!」 


「よし。そうと決まれば練習じゃ!」

 その深町の指導は苛烈を極めた。




「ころぶのを恐れるな。前だけ見ろ!」

「はい!」(水無月)

「インコースから脚を数えて、いちにぃいちにぃいちにぃとするっ。『1』のかけ声で1の足を出ーす!」

「おー!」(天童)

「かけ声は、いち、んっ、いち、んっ、いち、んっ」

「はいっ!」(茉奈)

「コーナーに差し掛かったら、猿田彦さるたひこ殿、心もちスピードをあげろっ。できれば右足、歩幅を大きくっ」

「まかせてっ!」(猿田彦)


 無駄に運動神経のよいメンバーなので、中学体育の域を超えて行った。

 校庭のトラックが見える渡り廊下から、原ネクタル先生は、それを見ていた。

 



(大丈夫? ほら、つかまってよ)

 思い出の中で、彼が手を差しのべて来た。

 保健室までついてきてくれた。


 エンドレスでくり返してしまう、思い出のシーン。 


 突然、連絡のつかなくなった。友。


(友だと思っていたのは、わたしだけだった)




アオハル青春ですねぇ」

 国語教諭が、渡り廊下を通りかかった。

「5人6脚を走った仲間は、永遠の友情に結ばれるって、ね」


 くっついてくる国語教諭は、私語を話すには最適の距離だ。

「聞いてる? 、組織を抜けたって。いちばん、安定にしがみつくタイプかと思ってた。——知ってたの?」


「知らなかった」


「ふーん。あいつがいちばん信頼していた君にも言ってなかったってことは、わたしが知らなくても当然かぁ」

 国語教諭は、ふんわりとした色のルージュのくちびるで、ふぅと、ため息をついた。

「今だけ言っとく。わたし、あいつのこと、ちょっと好きだった」


「だろうね」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 そんなコードネームのくせに、時々、仔犬のような眼をする人だったから。


 これからも、のように思い出すのだろう。同期の彼のことを。 






            〈ちいさく痛む

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天童君には秘密がある 4〈KAC2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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