天童君には秘密がある 4〈KAC2024〉

ミコト楚良

前編 いろいろあって、クラスメイトと体育祭の5人6脚に挑む回

 

 今週から体育祭の競技練習がはじまったことも関係するのだろう。

 自称〈保健室の聖母〉、はらネクタル先生は忙しかった。


「だからって……。だって、りっぱな保健室案件じゃないかな?」

 まとわりついてくる国語教諭がうっとおしい。


「そんなん、つばつけときゃ治ります」

「じゃ、原先生のつばでお願い(ハート)」

「立派なセクハラ、かますな。うったえるぞ」


 白衣姿で、まわし蹴りかけたところで生徒が、わらわらと保健室に入ってきた。

 国語教諭を蹴りかけていた足を空振りさせ、ネクタルは窓の外を見ていたふうを装って、振り向いた。

「あら、えっと。見ない顔のコだね」


「さきごろ、転校してきました」

 澄んだ瞳の男子が、ぺこりと頭を下げた。

「中等部3年の天童てんどうです」

 年の割に落ち着いている印象だ。


「それと、見ない出で立ちだね」

 ネクタルは視線をスライドした。

 そこにいる少年が水干すいかんに一本歯の高下駄姿で、左ひじをすりむいていた。

深町ふかまちじゃ。5人6脚でころんだ」

 近頃は学院も、個性として生徒のなにがしを否定しない。


「あなたたちは大丈夫?」

 ネクタルは聖母のほほえみを、あと3人の生徒たちへと向けた。


「大丈夫です」

 代表して、長い重めの前髪、肩までの黒髪、その涙袋のある涼やかな目の少女が返答した。この女子は見知っている。むしろ、この学院で知らない者はいない。

「患部は、水道水で洗っときました」

 雑な言い方に雑な対処。だが、お世話した挙句、保健室についてきている。


 ネクタルの、うすいくちびるの口角が、かすかにあがった。

「高下駄で5人6脚参加は、無理があると思うよ。いや、むしろ、組んだ君たちに拍手だよ」

 殺菌作用を有する逆性石鹸の塩化ベンゼトニウムを主成分とした医薬品スプレーを選び取り、水干姿すいかんすがたの少年に近づいた。

「ちょっと、しみるかも」


「……やるなら、はよぅやれ」

 少年は丸椅子に座って、左ひじをつき出し、目を、ぎゅっと、つぶって口元をくいしばった。


(わぁ、ごちそうさま)

 ネクタルは心で拝礼した。そして、いつもより、液を噴射してしまった。

絆創膏ばんそうこうは貼らないほうが、かえって早く治るよ」


 平安少年の処置が終わると、生徒5人は連れだって去って行った。

 その後姿は、ネクタルに昔を思い出させた。


「なつかしいねー。中等部体育祭名物、5人6脚」

 国語教諭は、まだいなくなっていなかった。

「5人6脚を組んだ仲間は、永遠の友情で結ばれるんだよね」

 やちもない(方言)学校伝説だ。


「もう授業開始の予鈴、なりますよ」

「いいの、いいの。少しぐらい遅れたってー」

「職務怠慢。校長に密告ちくりますよ」

「うわぁん。こわいー。じゃ、また来ますねー」


「来るな。おまえに貼る絆創膏ばんそうこうはない」

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