需要と供給とSF的事故物件
バンブー@カクヨムコン10応援
座標訳あり物件
「都心付近、賃貸の2DK、駅近、風呂トイレ別、水電気ガス無料、家賃3万5千円……ちょっと〜安いけどそれ絶対事故物件じゃないっすか! 僕お化けだけは無理なんっすよ〜」
線路沿いの道をテンガロンハットをかぶる小太りの男が、笑いながら背広を着た不動産業者の暗い男の背中を叩く。
業者の男はふらつきながら答える。
「いいえ、幽霊の類は出ません。自殺があった訳でもありません」
「本当っすか?」
「はい、ただ1部屋、開かずの間となっているのでそこだけ開けなければ問題無い物件です。実質1DKです」
薄気味悪い笑みを浮かべる業者に、テンガロン男は尋ねる。
「なるほど! やっぱり訳ありなんっすね」
「この条件の家賃で、訳ありじゃない理由がないじゃないですか。実はその部屋で夜逃げが相次いでいまして、家主も困っているんですよ」
そうこう言いながら、2人の男がそれなりに綺麗な2階建て賃貸の前へ到着する。外階段を上がり奥の角部屋の前に立ち、業者が鍵を開ける。
中はよく見る特段特徴の無い内装。
壁に窓があり、日差しで電気をつけていなくても明るく感じる。
「中は思っていたより綺麗っすね」
そう言いながらテンガロン男が中に入った瞬間に異変がわかった。
和室であろうふすまが閉じられた部屋。
ふすまの周りがびっちりとガムテープで固められ開けられなくなっている。
そして、ふすまに謎の紋章と何枚もの御札が貼られ、まるで封印されているかのような部屋が1つあった。
流石のテンガロン男も腰を抜かす。
「な、なんすかこれはあああああ!?」
「これが開かずの間です」
業者男が淡々と説明する。
「この部屋を開けない事を条件に住まわれれば、特に問題はございません」
「このふすまを開けると何があるんすか?」
「ええ……実はこの部屋の元住人が何やら実験をしていたみたいでして……」
「開ければわかるっすね」
テンガロン男はガムテープが剥がれる勢いでふすまを開けた。
「何開けてるのこの人おおおおおお!?」
業者男があまりの出来事に腰を抜かして後ろに下がる。
テンガロン男は開けたまま硬直し、目の前光景に呆然とする。
「……海だ」
男の目の前には黄色い砂浜にオーシャンブルーの広がる快晴の海。カモメの鳴き声とヤシの木がなびく正真正銘の海だった。
男が一度ふすまを閉じて考える。
そしてまた開くと、今度は知らない家の子供部屋のような空間だった。
「おじちゃん誰?」
子供部屋にいた知らない女の子が話かけてきたのでふすまを閉じる。
もう一度開けて見ると、今度はサバンナの中心にいた。
「ンモオオオオォォォ!!」
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがこちらに向かってきたのでふすまを閉め、テンガロンは業者を問い詰める
「これどういうことっすか!?」
「
興奮するテンガロンに胸ぐらを掴まれながら説明する業者。
「1番最初に住んでた住人がマッドサイエンティストだったらしくて、この部屋だけ空間が乱れておかしな所に繋がるんですよ。その別の空間へ入ってふすまを閉めてしまうと、元の場所に戻れないんです!」
腕を払い除け、業者が背広とネクタイを整える。
「業者に頼んでもオーバーテクノロジー過ぎて、この
「僕ここに住みます!」
言葉を遮ってテンガロン男は決断する。
「マジですか!?」
「マジっす! 月3万円で全国行き放題とか実質タダっすよ! 僕、職業が冒険家なので冒険し放題! 交通費無料最高ー!」
テンガロンハットをかぶり直し、男はふすまを開くと今度は密林のジャングルだった。
草木をかき分けながら突っ走り、近くにいた猿たちと手を取って仲良く嬉しそうに踊り出す小太り男と猿達。
それを元の部屋からマジマジと覗き込む業者は呟く。
「こんな部屋でも、ほしい人はいるんだな……」
無事契約成立した。
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